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終活日記
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世の中のこと自分のこと、過去のこと今のこと、気ままに思いつくままに書いてみる。 
この年になれば断捨離で何もかも捨ててしまいたくもなるが、思い出やこれまでの人生まで捨ててしまいたくはない!
写真やアルバムは山ほどあり、パソコンにも後生大事に残してあるが、整理もせず保管している。 こんな自分だけの思い出だが、山や海、谷や湖、田園風景など自然を愛する人なら、いつか誰かが読んでくれるかも知れない。一つ一つ真面目に書いて行こう。

時代の波に乗って幸せな人生を築かせて頂いたが、このまま何もせずに人生の終焉を迎えたくはない。 言いたい事、書き残しておきたい事があれば、その都度思いつくままに書いてみよう。
今の世の中の価値観というか、自分が大切にして来た事というか、なにかが大きくズレてしまっているように思えてならない。
大切なものは何かを見失っては価値がない。
人それぞれだが、自分の考えや想いを天の声を聞きながら、世の人に発信してみるのも良いのではないだろうか?

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新元号「令和」の安倍首相コメントを聞いて・・・つぶやき

2019/04/03 11:13
 久しぶりにちょっと一息・・・コーヒータイム
画像国民が注目する新元号の発表、孫まで関心をよせるほどみんなワクワクして待っていた。
「令和」の評価はまちまちと思うが、日本最古の歌集「万葉集」より典拠されたとのこと。その書下し文や現代語訳を読んでなるほどこんな風情を感じられる時代になってくれれば良いのだが・・・と独り言。
 その後の安倍首相の記者会見を聞いて見て
『厳しい寒さの後に見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした願いを込めた』 と述べていました。
その趣旨は決して間違っている訳ではないが、何となく美辞麗句を並べたに過ぎないのではないか・・・、本心から国民一人ひとりが明日への希望を抱けることを願っているのか、心から一人ひとりの国民に寄り添い、政治生命をかけて国民を守り、それぞれが大きな花を咲かせることができるような政策を打ち出す決意があるのかどうか?
昨年度の首相の国会答弁で、どう見ても見え透いた嘘、言い訳しか思えない、知らぬ存ぜぬの答弁を押し通したことを思えば、こんなメッセージは何の説得力も感じられない。
震災やたび重なる災害に心を痛め、被災者や国民に常に寄り添われている天皇陛下がそのような国民への願いを述べられても良いようなお言葉を、首相が先取りしてしまったんじゃないのか・・・、そう思えてならない。
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魅惑の国・・・トルコ 2

2019/04/01 12:06
イスラムの文化・歴史が凝縮された魅惑のイスタンブールを堪能してきました。
今日からはイスタンブールに別れを告げ、ダーダネルス海峡を渡り、トルコ西部地中海に面したトロイ遺跡やエフェス遺跡などの古代遺跡を巡り、さらにトルコ中部の石灰棚の絶景パムッカレ、そしてアナトリア高原に広がるここでしか見られない奇岩奇跡のカッパドキアを堪能し、首都アンカラを経て、夜行寝台列車に乗って再びイスタンブールに帰ってくるというトルコ中西部周遊の旅に出ることになります。 もう10年前の旅なので写真を頼りに簡単にご紹介することにしましょう。 
イスタンブールからはバスでの長旅となります。 マルマラ海の北岸にそって西へ西へゲルボリ半島のゲルボリ港からフェリーでダーダネルス海峡を渡りラプセキ港へ。
まずはエーゲ海沿岸で栄えた古代遺跡群を訪ね散策します。
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≪トロイ≫
紀元前3,000年ごろから集落ができ始め、トロイの歴史が始まった。
紀元前2000年頃エーゲ海岸の交易の中心地として繁栄したが、その後は栄えては滅びるという歴史を繰り返し、第1市から紀元500年ごろの第9市まで9層にもなる太古の遺跡が眠っている。
紀元前1200年頃、ギリシャとトロイの戦争が10年に及び、ギリシャ軍がトロイ軍を攻略するために兵を巨大な木馬にひそませて侵入し、トロイが滅亡に至ったという伝説があり、現在、観光用として巨大な木馬が建てられた。
       トロイの木馬              トロイの遺跡群
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≪<エフェス≫
ローマ帝国時代の巨大な都市で体育場、競技場、教会、神殿、大劇場、図書館など立派な施設の残骸が建ち並ぶ。 遺跡を巡り、当時の生活様式が偲ばれる公衆トイレ、浴場、泉などがあり、遥かかなたの紀元前の暮らしぶりに思いを馳せることができる。
遺跡の建物は崩れたままではあるが、逆に迫力があって目を見張るものがある。
また、近くの山に聖母マリアが10年ほど住んでいたとも言われている。
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 <つづく>
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魅惑のイスタンブールC

2019/03/23 21:02
≪アジア地区≫
さて、最後にアジア側のイスタンブールを紹介しておきましょう。 
ボスポラス大橋を渡り、ボスポラス海峡に沿ってその入り口あたりまでがイスタンブールのアジア地区でしょうか?
順序は逆になりますが、我々はトルコ一週の旅の最後に訪れたアンカラから夜行寝台で早朝到着したのが、終着駅のハイダルパシャ駅であり、そこからイスタンブールのアジア側の景勝地を巡ることになります。

<ユスキュダル>
画像ハイダルパシャ駅を出て北上するとボスポラス海峡の入り口付近となり、クズ塔(乙女の塔)が見え、ちょうど日本の大成建設が請け負っている海底トンネルの工事現場が見えていました。
ここはユスキュダルという町でこの下を海底トンネルが通り、さらに南のアイリリクチェシュメ駅まで繋がっています。従って、この町にはユスキュダル駅という地下駅が出来るそうです。
ユスキュダルはトルコ民謡で有名ですが、日本でも1954年に雪村いづみさん江利チエミさん「ウスクダラはるばる尋ねてみたら・・・♪」と歌っていたのを思い出します。
           You Tubeの歌はこちらにあります。⇒「ウスクダラの歌」  
<チャムルジャ>
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画像チャムルジャはボスポラス大橋に近く、イスタンブールで最も高い眺望絶景の丘で、頂上は公園になっています。  この公園からは麓に広がるアジア地区の家並みが見え、その向こうにはボスポラス海峡や大橋、その向こうにはヨーロッパ側の新市街のパノラマが広がる。 この日はボスポラス海峡沿いに朝霧がかかり幻想的な情景が見られました。 
ちょうどイスラムの礼拝が終わった頃でスカーフをまとったイスラム教徒の人たちが続々と丘に登ってきます。 私たち日本人を見つけた女学生たちが話しかけてきました。 言葉分からず身振り手振りで対応する始末でした。
この次は、見所の多かったイスタンブールを後にしてアジア側の史跡・景勝地を求めての旅が始まります。 

≪つづく≫
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魅惑のイスタンブールB

2019/03/17 16:34
≪新市街≫
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上の写真はアジア側から、霧が立ち込めるボスポラス海峡の向こうに見える新市街である。 旧市街とは打って変わって高層ビルが立ち並ぶビジネス街である。
<ガラタ橋>
金角湾で分断されている旧市街と新市街はガラタ橋で繋がっている。 その橋の上はトラムや車が走り、橋の下は様々な店舗が並び、歩行者が行き交う歩道にもなっている。 
   旧市街から見たガラタ橋           新市街から見たガラタ橋
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<ガラタ塔>      
画像新市街のランドマーク、高さ67mの塔。 6世紀初めに灯台として使われたが、その後は監視塔、牢獄、天文台などに使われた。
現在はエレベータで最上階まで行き、さらにらせん階段を上るとテラスに出る。地上53mであるが、塔が丘の上に建っているためイスタンブールの街を360度見渡すことができる。 最上階にはレストランやナイトクラブもあり夜にはベリーダンスなどのショーも見られるとのこと。
<タクスィム広場(共和国記念碑)&ケバブ>
画像画像タクスィム広場は新市街の高台にあり、円形の広場の中央に1928年に共和国記念碑が建てられた。ここから南に下るとイスタンブールで最もハイセンスなイスティクラール通りがあり、歩行者天国になっており、ウインドウショッピングが楽しめる。 通り道にケバブの店がありトルコ名物ケバブを頂く。
<ボスポラス海峡クルーズ>
画像新市街はあまり見るものなく、ガラタ橋近くのクルーズ船乗り場に戻る。 クルーズ観光約2時間のコース、黒海近くのルメリ・ヒサル辺りまでのボスポラス海峡を往復し、両岸の風景を楽しむことができる。 途中、新市街とアジア地区を結ぶボスポラス大橋とメフメット大橋を潜り抜ける。
      ボスポラス大橋              メフメット大橋
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<つづく>
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魅惑のイスタンブールA

2019/03/14 06:16
イスタンブールの旧市街はモスクや博物館など世界遺産の宝庫でもあるが、ヨーロッパとアジアの文化や物資の行き交うところ。 特に中東最大の市場といわれるグランドバザールや香辛料で有名なエジプシャンバザールが大勢の観光客で賑わっている。 今回は食に関するちょっとしたお土産話をご紹介します。
<グランドバザール>
画像グランドバザールはもともと15世紀半ばにふたつの市場が中心となって金、銀、宝石を扱う貴金属店が集まってできたそうである。今でもその伝統があるが、時計やアクセサリーなどのアンティーク、それにトルコ絨毯、皮製品、衣類、陶器などのお土産や日用品など4400軒の店が所狭しと並んでいる。 日本の観光客も多く、客引きが日本語で面白く話しかけてくる。 100万円もする絨毯を買って日本に送ると言う人もいるそうだ。
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<エジプシャンバザール>
画像ガラタ橋ちかくにあるイェニ・ジャーミィの事業の一環として建造された。 エジプトからの香辛料を扱う店が多かったことからエジプシャンバザール、別名香辛料市とも言われるようになった。 その他乾物やハチミツなどの食料品や日用品、みやげ物店も並び、観光客でも賑わっている。
<サバサンド>
イスタンブール名物グルメにサバサンドがある。 中でも有名なガラタ橋やエミノニュ広場の近く、サバサンドの豪華な屋台船がずらりと並び、フェリーの船着き場で愛される名物となっている。
屋台ではサバがジュージューと焼かれ、パンに挟んでサンドイッチにする。 香ばしく美味しい匂いが立ち込め思わず手が出てしまいました。 サバサンドは8 リラ(350円程度)で地元民にも大人気。 ソースはないので、自分でテーブルに置いてあるレモン汁や塩で味付けして食べます。 
トルコグルメはケバブだと思っていたが、意外とサバサンドも人気があるらしい。
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<つづく>
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魅惑のイスタンブール@

2019/03/12 16:50
イスタンブールボスポラス海峡金角湾で大きく3分割されている。ヨーロッパからの入口にあたる旧市街、ビジネス街の新市街、シルクロードの入口にあたるアジア地区である。
ヨーロッパからの道路や鉄道は旧市街に入り、金角湾で隔てられた新市街へはガラタ橋で繋がっている。 ビジネス街のある新市街とアジア地区とを隔てているボスポラス海峡にはボスポラス大橋メフメット大橋の二つの大橋で繋がっている。 
したがって、ヨーロッパとアジアとは、道路は橋によって繋がっていたが、鉄道はボスポラス海峡で分断されていた。 その鉄道が2013年に旧市街のカズリチェシュメ駅とアジア地区のアイリリクチェシュメ駅との間が海底トンネルで繋がり、ヨーロッパとアジアの鉄道がつながることとなった。
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≪旧市街≫
旧市街はトプカプ宮殿やアヤソフィアに代表される世界遺産が密集しており、観光客で溢れている。モスクや建物の名前が全く覚えられないほどである。
モスクの天井は高く、ドームが幾重にも重なり合った構造できれいな模様が描かれている。モスクの周囲には必ず塔がたっており、本数や形には決まりがないそうである。どんな田舎にも小さいが同じ形式でその塔からコーランが聞こえてくるようになっている。
<アヤソフィア博物館>
画像ローマ皇帝によってビザンツ様式の大聖堂として建立された。 その後オスマン帝国に征服され、イスラム教のモスクとなり、偶像崇拝を禁止するイスラムの教えによってモザイク画は500年の間漆喰で塗りつぶされていた。 トルコ共和国になって昔の姿をとり戻し「キリストを抱いた聖母マリア」をはじめ、ビザンチン帝国の栄華を偲ばせる博物館として使用されている。
<ブルーモスク>
オスマントルコ帝国が栄華を誇った17世紀はじめに建てられたイスラム寺院。巨大なドームの周囲に建つ6本の尖塔(ミナレット)が印象的である。正式名はスルタンアフメット・ジャーミィというモスクである。 
ドーム内には青い花柄のタイルがびっしり飾られており、その美しさゆえに「ブルーモスク」と呼ばれている。 広いフロアにはイスラムの聖なる色である緑の絨毯が敷き詰められ、その上を見上げると、高い丸天井に260の小窓があって、ステンドグラスから差し込む光が館内を淡く照らしている。
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<トプカプ宮殿>
オスマン帝国の皇帝(スルタン)が増築しながら400年に渡って居城とし、政治、文化の中心となった宮殿である。
マルマラ海を眼前に、ボスポラス海峡を臨む小高い丘に建てられ、正に三方を海に囲まれた要塞でもある。
70万uという広大な敷地には議会やスルタンの居室、側室の女性たちの部屋を備えたハレムもある。
      トプカプ宮殿全景            トプカプ宮殿送迎門
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     ハレム玄関(現博物館)       ミュージアムショップ 
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<リュステム・パシャ・ジャーミィ(モスク)>
画像このモスクは商店街の2階に建てられており、商店街に入居している店舗の賃料はモスクの維持に役立てられているという。 外は喧騒に包まれているが、中に入ると嘘のように静まり返っている。 
この内外装の全面に珍しいイズミックタイルが敷き詰められており、多種に渡る美しい花柄や幾何学模様によって、ポーチの前面だけでなく、壁、円柱、ポーチの外側にいたるまで覆われている。
天井を見上げれば円を主とする幾何学模様が見事だ。 沢山の小窓からは薄暗い部屋いっぱいに光が差し込み美しく輝いている。
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<地下宮殿>
トプカプ宮殿の近くにある地下宮殿は実は地下貯水池であって、ビザンチン時代にはトプカプ宮殿の水瓶となっていた。 全体は建て140m、横70m、高さ8mほどあり、336本のコリント様式の柱で出来ており、見た感じが宮殿のようにライトアップも美しく水面に浮かんでいるようだ。 中にはメドゥーサの顔が彫られている柱もある。
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<つづく>
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魅惑の国・・・トルコ @

2019/03/08 17:44
イスラムについてはインドネシアで垣間見た程度であったが、はじめて本格的なイスラムの世界に足を踏み入れる。
テロリストのアルカイーダなど原理主義者のいるイスラム教国、怖いイメージを抱いていたが、結論から言えば全くそんな気配はない普通の国、決して豊かとはいえないが物質面でも精神面でも思った以上にいい国に思えた。 例えば教育では大学まで無料化されており、日本以上のことがなされている。人間性も愛想も良い。特に日本人に対しては友好的である。 架橋工事やトンネル工事などの援助やトルコ地震の際の援助、ひいては大昔の和歌山沖でのトルコ船遭難時の救出話などいい話がトルコ人に伝わっているのであろう。 子供達も目をキラキラ光らせて近寄ってくる。  何の警戒心も持っていない。実に親しみを感じる。
これは今から9年前の2010年(H22)の話しで、今や政情不安が続いているので、この記事は参考程度に読んで頂きたい。
≪旅 程≫
トルコ・イスタンブールまでは直行便などがあると思うが、この時はエティハド航空就航記念モニターでアブダビ経由で時間はかかるが、一人参加の割安のチケットが手に入ったので思い付きの一人旅となった。
成田からアブダビまでのフライト時間は12時間、アブダビでの乗り継ぎ時間4時間半、そこからイスタンブールまで4時間半で合計21時間の長丁場のフライト。 トルコ直行便なら11時間程度で行けるらしい。
アブダビ空港は新しいせいか大きくてきれいな空港であった。 大半がアラブ系の国との路線便でほとんどがアラブ系の旅行者で賑わっていた。
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≪トルコの宗教≫
トルコは紀元後巨大なローマ帝国の支配下にあり、イスタンブールを首都としたビザンツ帝国となったが、8世紀ごろにイスラム軍の侵入によって衰退していった。 その後11世紀末にセルジューク王朝が誕生しイスラム国家となった。
画像現在のトルコ人口の99%がイスラム教徒であり、イスタンブールなどの大都会には立派なモスクや宮殿が立ち並び、村の隅々まで有志によるモスクが建てられイスラム教が国民の生活に深く根ざしている。1日6回(?)のお祈り、ラマダンの断食、飲酒はせず、豚肉を食べず、肌の露出を避けるなど日常の生活は厳しい。一生に一度はお金を貯めてメッカに巡礼に行かなければならない。 自由が束縛されているようだが‘いつも神とともにいる‘と言う信仰心が生活の支えになっている。女性もスカーフをまとい不自由に見えるが純真さを保っている。(写真は日本の観光客の話しを聞く女学生達)
≪文化遺産≫
ボスポラス海峡ダーダネルス海峡でヨーロッパとアジアに別れ、それぞれの文明、文化が複雑に交錯してきたイスタンブール、現在もヨーロッパ側とアジア側に分かれてボスポラス大橋二本でがつながっているのがイスタンブールの町である。したがってヨーロパ文明(特にキリスト教と白人の文明)とアジア文明(オスマントルコやシルクロードで結ばれたアジアの国々や様々なアジア人の文明)との入り混じった町である。何と言ってもイスタンブールの文化遺産は立派な宮殿やモスクが沢山あること。円形のドームに内部のステンドグラス、敷きつめられた絨毯は立派なものである。モスクはキリスト教の教会となったりイスラムのモスクになったりと複雑な歴史を辿りモザイク画などが残されている。
また、エーゲ海や地中海に面する町には紀元前3,000年頃から古代ローマ帝国時代の遺跡が散在する。トロイの遺跡エフェス遺跡など神殿や教会、円形劇場や図書館、浴場などの建造物には目を見張るものがある。トイレや下水道など古代の人々の生活が手にとるようにわかる。建物は崩れたままではあるがそのままの状態で保存されている。 エフェスは、マリアとヨセフが10年ほど暮らした場所であるとも言われている。
≪自然遺産≫
 トルコには他の国では見たことのない風景が中央部のアナトリア高原に広がる。
パムッカレの石灰棚カッパドキアの奇岩群である。もともと石灰質の台地でバスで3〜4時間、行けども行けども樹木が1本もない丘陵や草原が延々と続く。
パムッカレの石灰棚は石灰岩の山に温泉が流れ出て真っ白な幾重にもなる段々畑のような石灰棚に乳白色の温泉水が溜まった造形美に圧倒される。しばし足湯に浸かりながら周囲の景色を楽しむ。 さらに西の方、標高1000mを越す高原に凝灰岩でできた奇岩群が広がるカッパドキアがある。これまた不思議な景観が広がる。キノコ状やトンガリ頭などの岩々、ラクダの形や3人姉妹など不思議な光景である。また岩山を掘ってで出来た洞窟や地下都市は修道士や隠れキリシタンの住居であった。今やあちこちに高級な洞窟ホテルが出来、観光客で賑わっている。
≪主な交通≫
イスタンブール市内は主としてトラムが市民の足、近代的なトラムもあり、レトロなトラムもある。 また、ヨーロッパ側とアジア側を挟むボスポラス海峡やダーダネルス海峡にはフェリーが行き来している。
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   アジアとヨーロッパを結ぶ海底トンネル
画像列車は主要都市間を結んでいるが、アジア側とヨーロッパ側とは海峡で分断されていた。 日本の大成建設が2004年からボスポラス海峡の海底トンネル工事(全長13.6Km)を請け負い、2013年ようやく長年の夢だったアジアとヨーロッパを結ぶ鉄道が完成し開業の運びとなった。
日本の支援で トルコ国民150年の夢がかない、トルコと日本の新たなる友好の懸け橋となった。
(アイリリクチェシュメ駅〜カズリチェシュメ駅までが海底トンネル・・・赤線部分)

<次回、魅惑のイスタンブールへつづく お楽しみに>
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魅惑の国・・・クロアチアG

2019/02/04 16:55
今日はいよいよ最終日。 旧市街から約4km離れた半島先端の高台にあるホテルに2泊し、リゾート気分を楽しむ。
ここから紺碧のアドリア海を見渡せ、地中海周辺からの豪華客船が港に出入りする景色を眺めたり、何といってもアドリア海に沈む夕日は素晴らしく、しばし感慨に耽る。
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     入港する大型客船                アドリア海の夕景
ホテルからは旧市街までシャトルバスが出ており、自由に出入りが出来る。 まだまだ歴史的建造物や美術品など見るべきところが沢山あるが、あまり知識も乏しく、今日はもっぱら街中をブラブラ歩きすることにした。
港に出ると、ちょうどロクルム島に行くフェリーがあったので飛び乗ってみた。 ドブロブニク港にはヨットやクルーザーがところ狭しと停泊している。 そこをくぐり抜け沖に出る。 わずか20分ほどで島に到着。
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     ロクルム島行きフェリー              ドブロブニク港
ロクルム島は温暖な気候できれいなビーチもあり海水浴客で賑あう。 植物園にはサボテンが沢山あり、ウサギなどの野生動物が自由に歩き回っているのどかな島である。
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     自然園歓迎        サボテンの花        サボテンの実

画像≪クロアチア料理≫
何を食べたのか思い出せないが、アドリア海で捕れる魚介類の料理が新鮮で美味しい。 港のシーフードレストランで適当に頼んだらムール貝のリゾットや野菜サラダが出て来た。 ホテルレストランでは南欧風(地中海)や東欧風のシーフードが人気とか。
≪おみやげ≫
今回の旅は妻の急性胃腸炎でドタキャンとなり、寂しい一人旅となってしまった。 その病人を家において来たうしろめたさもあり、せめてお土産でもと思いウインドウショッピングで何が良いか探し求め、ここでは銀製品が良いとのことだったので500年以上受け継がれてきたデザインのシルバーペンダントを選んだ。 
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さらばドブロブニク、真青なアドリア海に面したオレンジの街並みが美しく映える、さらばクロアチア
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 ≪おわり≫
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魅惑の国・・・クロアチアF

2019/02/03 17:00
いよいよ9日間のスロベニア・クロアチアの旅も最終地のドブロブニクを残すところとなった。 2泊3日の自由時間、思い残すことのないよう思いっきりエンジョイしたいと思う。
ドブロニクは紺碧のアドリア海に面した美しい街で<アドリア海の真珠>と言われ、世界遺産となっている。
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アドリア海に突き出したドブロブニクは街全体が2kmに渡る城壁で囲まれた要塞都市、8世紀頃から13世紀頃、地中海交易の拠点として繁栄した。 城壁の中にはオレンジ色の屋根瓦の民家や商店、様々な時代に建てられた教会や修道院、宮殿など、たくさんの歴史的建造物が残されている。 今や主としてヨーロッパからの観光客でにぎわっているが、そんなに騒々しくもなく、街に住む人達も同居する街には生活観は感じられず調和のとれた雰囲気が素晴らしい。 
まずは守護聖人・聖ヴラホが見守るピレ門から旧市街に入り、教会や宮殿を見て歩き、土産物屋さんや路地裏の雰囲気を味わいながらの散策。 そして、高さ25mの城壁に登って2kmの空中散歩を楽しむ。
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        ピレ門入口           守護聖人・聖ヴラホの見守るピレ門
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城壁を空中散歩して旧市街の街並みをたっぷり見て回った後、街の全貌を写真に撮りたいと思い、旧市街の北側にあるスルジ山山頂(標高412m)へのロープウエイがあるのか聞いてみたら、残念ながら戦禍によって今は修復中とのことであった。  皮肉にも翌年の2010年には運転が再開したそうだ。   上の写真は山の中腹からの写真です。

≪ドブロブニクNo.2へ つづく≫
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魅惑の国・・・クロアチアE

2019/01/31 16:45
世界自然遺産「プリ トヴィッツェ国立公園」を後にして、今日明日は古代ギリシャや古代ローマの歴史遺産が残るトロギールスプリットを訪問する。

≪トロギール≫
古代ギリシャの植民都市として建設された港町トロギール、また中世の面影をも残す美しい街で世界文化遺産に登録されています。 
街自体は、南北300m、東西500mほどの小さな島で、城壁で囲まれています。 この城壁は海の見張り機能も兼ね備えて中心部を囲むように城壁がそびえ立っています。
城壁の中は13世紀に建てられた宮殿や多くの教会等の建築物があり、中でもクロアチアを代表する聖ロヴロ大聖堂は、絵画、彫刻など中世の美しい美術品が並びます。
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     小さな島トロギール            聖ロヴロ大聖堂
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      守護聖人が見張る門              要塞
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         トロギール港             時計塔広場 

≪スプリット≫ 
スプリットはローマ皇帝を退位した後にディオクレティアヌスが住んだ宮殿がそのまま残るアドリア海沿岸の最大の港町である。 ディオクレティアヌス王が、隠居するために3世紀に建設したがディオクレティアヌス王の死後、300年ほどは廃虚となっていた。 そこに7世紀ごろローマ帝国が滅亡し、その影響で南スラブ民族が大挙してスプリット・サロナに流入し、そこを追われた人々が助けを求め辿り着いたのがこの宮殿だったという。 そして人々が増え、宮殿も増築されて行った。
したがって、地下は古代ローマ、地上は中世の建造物という面白い仕組みになっているそうです。

                  スプリット市街風景
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        ディオクレティアヌス宮殿内の建造物&大聖堂など
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≪つづく アドリア海の真珠"ドブロニク"へ≫
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魅惑の国・・・クロアチアD

2019/01/13 14:42
≪プリトヴィッチェ国立公園≫
 ザグレブから南に約110km下った山深い所に世界自然遺産「プリ トヴィッツェ国立公園」がある。 クロアチアでは最も人気のある観光名所となっている。 シーズンの夏には入園に長蛇の列ができるほどだ。 我々は9月だったがそれでも朝早く入らなければゆったりと散策出来ないということで、朝早く出かけた。
 プリトヴィッチェ国立公園;は1979年に世界遺産に登録されたが、戦争の被害により、一時「危機遺産リスト」に登録され保護された。 幸い現在では元の姿となり、豊かな森、透き通るエメラルドグリーンの湖(大小あわせて16)と無数の滝(92ヵ所)が織り成す幻想的な光景、絵にも描けない(小生はPC画で描いてしまいましたが・・・)感動的な光景が広がっていました。
 途中船での移動含めて写真を撮りながら3時間ぐらいの散策を楽しみました。 説明の必要なく写真だけをご紹介します。
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<つづく>
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魅惑の国・・・クロアチアC

2019/01/06 15:38
ザグレブを後に、いよいよ世界自然遺産のプリトヴィッチェ国立公園に向かう。
その途上、カルロバツという町にある野外戦争博物館に立ち寄る。 
クロアチアは、1991年にユーゴスラビアからの独立を宣言したが、セルビアを中心とするユーゴスラビア連合軍との間に紛争が勃発し、独立が認められたのは1992年のことです。 しかしながら、独立した領内には独立に反対していたセルビア系住民との間で内戦が繰り広げられ、内戦が終結したのは1995年のことです。 現在は平和な国になり、戦争の傷跡は殆ど見られませんが、クロアチア国内には他にこのカルロバツのような戦争博物館あちこちにあるそうです。

≪野外戦争博物館≫
道路沿いに広場があり、そこにあるのは内乱で使用された戦車、大砲、戦闘機、瓦礫と化した建物などさりげなく展示され、当時の内戦の傷跡が残されていました。
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クロアチアはまだ20年ほど前まで民族間の紛争が絶えず戦争があった国だとは思えない平和な国になっていました。 今思い起すことは未だに中東やその他の国において民族間の争いが絶えず、戦争が絶えないことです。 一体だれが戦争をやらかしているのでしょう? 悲惨な思いをしているのは国民なんです。 一日も早い紛争終結を祈ってやみません。

<つづく 次はプリトヴィッチェ国立公園、お楽しみに>
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魅惑の国・・・クロアチアB

2019/01/04 12:20
スロベニアの教会や歴史建造物などの紹介は省略し、本命のクロアチアに行くことにします。
スロベニアはEU圏でクロアチアはEU非加盟国だが、入国手続きなどは全くなかった。 クロアチアの予備知識は全くなくて行って見て初めて知ることばかりでした。 
古代ローマの遺跡をはじめ、ゴシックやルネッサンス様式の建造物の宝庫であったこと、それに紺碧の海アドリア海、ゆったりと流れる牧歌的な景色、何といっても石灰質の大地が生み出したプリトヴィッチェ国立公園などの大自然には目を見張るものがあった。 
特に、人口の90%以上がカトリック教徒であり、どの街にも大聖堂や修道院がいくつもある。 だが時代時代の支配者や貴族たちによって12〜18世紀ごろに造られた建造物はゴシック様式でありロマネスクであり、ルネッサンス様式とまちまちである。 戦争や地震で破壊されてはまた再建するという長い歴史が刻まれているようだ。 まずはクロアチアの首都ザグレブから紹介しましょう。

≪ザグレブ≫
クロアチアの玄関口であり首都でもあるザグレブはこじんまりとした街です。 ただそこにはクロアチアを凝縮したように大聖堂がいくつかあり、博物館や美術館も豊富、珍しいのはギロチンなどを展示した拷問博物館、世界中の失恋の思い出を集めた失恋博物館など変わり種博物館などは他では見られず面白そうだ。
今日は一日自由行動だ。 大聖堂前でバスを降り、先ずは大聖堂を見学した後、みんな思い思いのところへ出かけて行った。 
次のマップは自分が散策したザグレブ中心街の北半分だけであるが、限られた時間ではあまり多くは見られませんでした。 (南半分はトラムに乗って行き先が分からなくなって何も見ないで帰ってきた次第。おまけに集合場所まで忘れてしまい、みんなに迷惑をかけてしまった。大失敗の巻)
およその行き先は次の通りです。
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@ザグレブ大聖堂⇒Aイェラチッチ広場⇒Bウスピニャチャケーブルカー⇒C時計塔⇒D歴史博物館⇒E聖マルコ教会⇒F石の門⇒G青空市場⇒Hイェラチッチ広場⇒トラムに乗って中央駅花公園イェラチッチ広場大聖堂

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@<ザグレブ大聖堂(聖母被昇天大聖堂)>
ザグレブの大聖堂だけあって、さすがに立派な建物、特に2つの塔が高く聳える、なんと高さ105mもある。 13世紀にゴシック様式で建設され、15世紀中頃から17世紀にかけてバロック様式に修復された。 
我々が聖堂を訪問した時はちょうど日曜日の朝だったのでミサが厳かに行われており、我々観光客がゾロゾロ入って行くには抵抗があったが、入り口は開かれていたので入って見る。 厚かましくもフラッシュなしの撮影はOKだったので写真まで撮らせてもらった。 教会の中は天井高く広々とした客席、豪華な祭壇、聖母マリヤ像、ステンドグラスで圧倒される。 自然光とキャンドルの灯りのみで照らされ、厳かな雰囲気が漂う静かな大聖堂内には、祭壇後方のステンドグラスからは色とりどりの美しい光が差し込んでいました。
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A<イェラチッチ広場>
大聖堂前下り坂を徒歩1分でイェラチッチ広場に出る。 この広場の名称は騎馬像のあるイェラチッチ総督(1801〜1859)にちなんで付けられたと言われている。
ザグレブの中心となる広場だけあり、お店や人でいつも賑わっています。 トラムも各路線が通っており、市民や観光客の足となっている。 トラムのチケットは車内で運転手さんから直接購入するよりも、街角にあるキオスクで事前に買う方が断然お得だそうです。 ビルとトラムの間の広場には勇壮なイェラチッチ総督の騎馬像があります。
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BC<ウスピニャチャケーブルカー、時計塔>
イェラチッチ広場を西方向へ少し歩いて行くと北側の急な斜面にケーブルカーが見えてくる。 これが旧市街に登ることが出来るウスピニャチャケーブルカーである。 所用時間はわずか40秒、料金は片道5クーナ(約100円)であるが、小銭がなくて100クーナを出すと受け取らずフリーで乗せてくれた。 何とおおらかなこと。
頂上の乗降口すぐ後ろに立つ背の高い白い塔が時計塔、正式にはロトルシュチャック塔と言われている。 塔の高さは30mあり、最上階からはザグレブ市街が一望できる。 今でもお昼12時になると大砲の音で正午の時間を知らせてくれるそうだ。
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D<クロアチア歴史博物館>
旧市街の西、静かなところに博物館がある。 中世初期から現代まで多様な収蔵品が14万点もあり、あまり多いため常設展示はなく、特別展が行われている。 何となく入って見たが特別興味深いものはなかった。
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E<聖マルコ教会>
聖マルコ教会が建てられたのはなんと13世紀とのことで、800年以上前から存在する古い教会です。
可愛らしい屋根の左側の紋章はクロアチア王国を、右側はザグレブ市の紋章を示しています。 13世紀に建てられた際はゴシック様式、ネオ・ゴシック様式に改築されたのが1841年で塔の上部に改築記念として1841と書かれています。 普段は一般公開されていませんが、たまたま堂内に入ることが出来ました。 (フラッシュしなければ撮影OKのようです)
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この教会が建つ広場は「聖マルコ広場」と呼ばれ、国の中枢機関が集まるクロアチアにとって非常に重要な場所だそうです。 教会を正面に見て右側が国会議事堂、左側には首相官邸、他最高裁判所などもあります。 クロアチアの国葬などの重要な行事はこの教会で行われるそうです。
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F<石の門>
画像中世の時代、どの町も異民族の侵入から守るために石の壁で囲まれていました。 ここグラデツに入る門は4か所あったそうですが、現在は壁も取り壊され、現存している門はこの「石の門」だけとなりました。
石の門の中には聖母マリアが祀られた小さな礼拝堂があります。 礼拝堂にはイエス・キリストを抱く聖母マリアが安置されています。 この聖母マリアはザグレブの守護神でもあり、生活のために街の人たちはこの門から外に出かける時は「今日も1日お守りください」と祈りを捧げ、夕方戻ってきた時には「今日も1日お見守りくださりありがとうございました」と感謝の祈りを捧げたのだそうです。 今でも毎日ザグレブ市民が祈りを捧げに足を運ぶそうです。

G<青空市場(ドラツ市場)>
クロアチアにはどの町にも必ずと言っていいほど青空市場があります。 四季折々、色とりどりの野菜や果物が並び、地元の人々や観光客で賑わう青空市場。 クロアチアの食文化を垣間見ることができる市場は散策するだけでも楽しく、ちょっとしたお土産にもなるアイテムがたくさん手に入る場所でもあり、時には町のお土産屋さんで買うよりも安く手に入ることもあり。 野菜や果物などは昔懐かしい計り売りだった。
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以上、ザグレブの北半分の主なところを散策してきて、再びイェラチッチ広場に出てきました。 まだ2時間ほど時間があったのでぶらりトラムに乗って中央駅の方まで出かけて行きましたが、前述のように行き先が分からなくなって何も見ないで帰ってきた次第ですが、集合場所まで曖昧で、イェラチッチ広場と大聖堂前を行ったり来たりしている間に集合時間が過ぎてしまいました。 携帯電話がありながらガイドの連絡先も分からず、じっと動かず待っていたらガイドが迎えにに来てくれました。 海外で迷子になったのはこれが最初で最後でした。 お恥ずかしい限りです。

(つづく お楽しみに)

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災い転じて 福きたれ

2019/01/01 00:00
新年明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろな出来事や事件、それにかってないほどの自然災害で沢山の人たちが犠牲となった「災い」の多かった年ではなかったでしょうか?
年末の漢字1文字が「災」であったのがうなづけます。
地震や台風による災害は天災と言えるでしょうが、大規模な山崩れや河川決壊による家屋・田畑の水没による被害は人災と言えるのではないでしょうか? 
国の安全や経済優先の政治が重視され、我々の身近な「安心・安全」な国造りがどこかに行ってしまったようです。
今年こそ、被災された方々には十分な見返りが得られますように、また「災い」が転じて、「福」が来ますように心よりお祈り申し上げます。

私もこの一年を振り返ってみて、いつもこのブログで「忘れ得ぬ絶景や思い出」と題して、過去の懐かしい旅物語を連載させていただき、幸せそうに思われているかと思っていますが、その反対で、ここしばらく続いている精神的な苦痛に悩まされ辛い想いを経験してきました。 そんな想いを吹っ切るために、ついパソコンに釘付けになってしまうのです。 
いつも見て頂き、応援していて下さる方々には感謝です。 まだまだ希望が持てそうです。一筋の光を求めて細々であっても希望を捨てず余生を有効に過ごしたいと思っています。 
皆さんにはできる限り明るい話題を取り上げて行きたいと思っていますが、たまに書くくだらない「つぶやき」も聞いてください。 
今クロアチアの話題を書いていますが、懐かしい写真を整理していて、思わず絵にしたくなり年賀状代わりに描いてみました。 一見のほどよろしく・・・。
       クロアチア共和国 「プリトヴィッツェ国立公園」画像

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魅惑の国・・・クロアチアA

2018/12/26 15:29
画像スロベニアの首都 リブリアーナは政治・経済の中心ながらも、バロック、ルネッサンスの建築様式が融合した街並みはウィーンにも劣らない芸術の都だそうです。 
そのリブリアーナで大歓迎を受けながらも、観光もそこそこにスロベニアやクロアチアなどそれぞれの観光目的にあったコースに分かれて出発した。 我々のコースは最も自由行動が多くてこの地域の景勝巡りが出来るコースであった。
まずは、スロベニアの西部にある景勝地、ブレッド湖、ポストイナ鍾乳洞に向けてリブリアーナを後にした。

≪ブレッド湖≫
スロベニアの風光明媚なユリアンアルプスを背にし、アルプスの瞳と言われる美しいブレッド湖、自然遺産にもなっているがそのエメラルドグリーンの湖の小島に浮ぶ聖母被昇天教会、湖畔の岩壁に立つブレッド城は絵のようだ。
その湖を小型のボートでゆったりと遊覧する。(船頭はある一家の世襲制で大昔より独占営業とのこと)
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≪ポストイナ鍾乳洞≫
スロベニアやクロアチアは石灰質の土壌ゆえに田畑や牧草地には適さないが、鍾乳洞や綺麗な湖など自然が作り出した不思議な造形美が見られることだ。
ヨーロッパ最大の大きさを誇ると言われるポストイナ鍾乳洞、鍾乳洞が作る素晴らしい地下の世界をしばし探索。 
出口付近にこんなに長い首をした怪獣がほんとにいたのかなと思うほど大きな怪獣の骨格が現れたのでびっくり。(自由行動のツアーの泣き所は詳しい説明が全く聞けないところ・・・怪獣の名前は分かりません)

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(つづく お楽しみに) 


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魅惑の国・・・クロアチア

2018/12/14 13:41
サッカーではお馴染みだが、クロアチアってどの辺にあるのか全く分からない。 地図を見てみるとアドリア海に面した南北に細長い形をした小さな国のようだ。 歴史をたどればヨーロッパの西と東の狭間にあってローマ帝国やオスマン帝国、オーストリア・ハンガリーなどの支配下にあって自らの国家を持ったことはほとんどなく、近代史から言えばもともとユーゴスラビアから1990年代に独立したばかりの全く新しい国なのだ。 その戦争や紛争の後、どのような国になったのか興味津々である。
2009年9月、JTBのチャーター便による‘スロベニア・クロアチアの旅’に便乗することにした。 夫婦の二人旅の予定で申し込んだが、あいにく家内が出発一週間前に突然、胃痙攣を起こし即入院となりキャンセルせざるを得なかった。 チャーター便の場合、ほとんど全額返金ならず、心配しながらも一人旅をすることにした。
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≪大歓迎の空港≫
大型のジャンボ機が飛んでくるのは珍しく、飛行場のフェンスの周辺に見物の人が群がっていた。
リュブリアーナの空港ではスロベニアの民族衣装をまとった人たちの大歓迎を受け、招待状を一人一人手渡し、フォークダンスなどを披露してくれた。
JTBのツアー客だけで350人、13台のバスに分乗するが行く先はまちまちである。
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≪旅の概要≫
 まずはこれらの国々が20年前まで戦争や紛争が絶えない国であったとは思えないことである。 立派な高速道路があり、その周辺には世界遺産に登録された自然遺産や文化遺産が大切に保存されており、青く澄みわたったアドリア海に浮ぶ島々、港街には鮮やかなオレンジ色の屋根がぎっしりと詰まった町や村々が調和がとれて実に美しい。戦争の傷跡はほとんど見当たらず平和で豊かな国に見える。
 最初から最後まで不思議だったのが、移動中の山々や広々とした草原には牛や羊一匹見なかったことである。 また田園風景があっても良いのに田んぼや畑もないのである。ガイドの説明によるとこの辺はカルスト台地で石灰質の石や土では穀物は育たず、牧草すら生えないためだそうである。それでもどんな街でも青空市場にはブドウやオレンジなどの果物、トマトなどの野菜が豊富に並んでいる。これらは南の温暖な地中海気候に恵まれたクルカ川などの肥沃な河口流域で栽培されているそうである。
 主たる産業がない。あえて言えば林業。国を支えているのは観光産業で国の財政の70〜80%を占める。 今やユーロ圏の国々からいろんな人達が観光や保養、レジャーを求めて訪れる。名所旧跡のあちこちでヨーロッパ人が所狭しと散策している。 団体行動は日本人だけかと思いきやヨーロッパ人の団体が意外と多い。
ホテルにはクルーザやヨットハーバーが併設されバカンスを楽しむ人達もいる。 古城の城壁の中や宮殿跡は開放され、民家があるのに生活の臭いがしない。 観光の街ゆえ一般人の生活はいろいろ制約を受け窮屈な生活を強いられているのだろう。
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<つづく、お楽しみに>
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魅力満載・・・中国・雲南省C

2018/11/03 16:30
シャングリラを後にして、いよいよ梅里雪山の見える雲南省最北端の街、徳欽に向かう。
街の入口に迎賓塔があり、神聖な梅里雪山が遠くに見え、聖なる神が宿るとする山に向かってチベット族の人達が訪問して参拝する姿が見られる。
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徳欽からも梅里雪山が良く見えるので、一般の観光客はここで折り返す人たちがほとんどであるが、我々20人程のパーティは更に難所をくぐり、梅里雪山の麓にある明永氷河を目指すことにする。
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徳欽の街を出発し、一端山を下り、メコン川上流の瀾滄紅を渡り、明永村(標高2,325m)に着く。 ここまでは車で来られたが、この先は山道で歩かなければならない。 ところが雨上がりのため道が泥濘、とても歩ける状況ではないようで、事前に馬の手配をしてくれていた。 村中の農家から農耕馬を集めたとのこと。 乗馬経験は少しはあるが、こんなくねくねした山道や生い茂る木々の中や崖っぷちの急な山道を登るのは初めての経験、曲がり角では振り落とされそうになり必死で馬にしがみ付く。 帰りの下り坂はなおさらのことである。 馬子もついてはいるが手綱も持たず、チィー! チィー! と馬に叱りつけているだけで何とも心もとない限り。
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途中で休憩を入れながらも更に奥深い山を登る。 見慣れない植物あり。
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ようやく明永氷河に着く。 これからが標高2,900m程の太子廟展望台、余力のある人は更に上の展望台までの登山が始まる。 目の前に氷河が現れ、荒々しく牙を剥きだしたような氷が山から流れ落ちそうにひしめき合っている。 その向こうには梅里雪山最高峰(標高6,740m)のカワカブ(中国名:太子峰/卡瓦格博)が見え、段々と近づいて来る。
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どうやら見間違っていたようで上の写真で左前方に見えるのは他の峰で主峰カワカブは右に見える先鋭状の山のようだ。(下の写真中央の主峰)
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1991年冬にこの梅里雪山で日中合同登山隊17人が雪崩で遭難死するという惨事を引き起こし、全員の遺体が見つかるまで10年かかったという悲しい山で、今でも前代未踏峰の山と言われています。
しかし、我々観光客にとっては見ているだけで実に素晴らしい山でした。 たまたま天気が良く、辿り着くまでは大変でしたが、全貌が見られたので満足です。
シャングリラまでの帰り道、碧塔海や松賛林寺に立ち寄りました。 その辺にありそうな花々ですが、花を添えて梅里雪山の旅を終えたいと思います。
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(おわり)
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魅力満載・・・中国・雲南省B

2018/10/27 05:56
≪シャングリラ(香格里拉)≫
シャングリラは雲南省のチベット族自治州でチベット族中心に13の民族が住んでいるところ。 ヒマラヤ山脈の東端にあり、アジアを代表する長江(金沙江)、メコン川(瀾滄江)とサルウィン川(怒江)が並行して流れる三江並流といわれる大河の上流に当たる。
シャングリラとは理想郷、桃源郷、天国に一番近い場所と想像されますが、その名前の由来はなんとイギリスの小説「失われた地平線」(ジェームズ・ヒルトン著)の中で理想郷シャングリラのことが描かれていますが、特にこの雲南省の場所を指摘したわけではなく、実際にそれらしい理想郷とまでは言えないところでした。 
広々とした草原あり、荒々しい山あり、大河ありで目まぐるしく風景が変わる。 その山肌を縫うように砂利道を車で走る。 今にも崖っぷちから落っこちそうな道を延々と走り続け、高度が上がったり下がったりです。 空気が薄くなるのはあまり気になりませんでしたが、高山病にならないように空気ボンベは手放せませんでした。
  のどかな田園風景     雨季には湖となり乾季には牧草地となるナパ海 
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    金沙江大湾(三江並流の一つ)     山肌の険しい山道が見える
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        白茫雪山             標高4210mの白茫雪山峠
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       瀾滄江(メコン川)         シャクナゲの山
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 ≪チベット仏教(ラマ教)≫
チベット仏教はインドから伝わった大乗仏教の一つであり、従来ラマ教と言われたが現在ではその名は使われていないとのこと。 このチベット自治区ではあちこちに立派なお寺が建てられ、住民は貧しい質素な生活ながらすべてチベット仏教の熱心な信者です。(実際に近くの民家を訪ねてお話しを聞かせて頂きました)
自治区とは言え、中国政府が介入するし、チベット族と漢族との争いが際立つところもあり、我々も立ち入り禁止のところもありました。 できる限り今のままの村であって欲しいと思います。
    チベット仏教のお寺      松賛林寺
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         東竹林寺                飛来寺
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    チベット民族衣装                仏 塔
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  (つづく)
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魅力満載・・・中国・雲南省A

2018/10/22 17:43
画像玉龍雪山の絶景を堪能し、古都麗江をぶらり散策、夜は民族舞踊を楽しむ。
いよいよ今日から北上しながら高度を上げ、標高に順応していく旅が始まる。
麗江の標高は2,400m、次の宿泊の中甸県シャングリラ(香格里拉)3,200m、途中、4,290mの峠を越え、雲南省最北の街徳欽3,300mとなり、空気はだんだん薄くなってくる。

画像≪長江第一湾≫
「長江第一湾」は海抜1850m、麗江から70q、中甸県から130q離れた所。 上の地図のようにチベット高原から流れる長江源流の≪金沙江≫は瀾滄江と怒江とともに「三江併流」といわれ、横断山脈の深い谷間を南北に流れています。 瀾滄江と怒江はそのまま南下して行きますが、金沙江は石鼓鎮の海羅山に阻まれ180度向きを変えて、北東へ向かい中国南部に流れていきます。

≪石鼓鎮の村≫
石鼓鎮は「長江第一湾」の湾曲した先端にあり、チベットや四川のと交易拠点として栄えたナシ族の村で、2005年に上映された、高倉健主演の映画「単騎、千里を走る」のロケ地としても知られています。
村を見渡す高台に明の時代にチベット軍を撃退したことを記念して、麗江の土司が建てた石碑が残されています。
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≪虎跳峡≫
虎跳峡は麗江の玉龍雪山とシャングリラの哈巴雪山の間を流れる金沙江沿いに延びる全長15キロ。 虎がこの峡谷を飛び越えたという伝説が名前の由来。 峡谷の高低差は3790mで、世界で最深の峡谷の一つといわれる。
川沿いに沿って往復4km弱の平坦な石道をハイキングする。 ただ、岩盤をくり抜いた道は平坦であっても今にも落ちてきそうで怖い。 その横を流れる川は轟音ともなう激流で豪快だ。
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≪小中甸草原散策≫
茶馬街道を北上し、シャングリラに向かう途上にある小中甸大草原で一休み、しばし散策する。 草原にはケシやユリ、プリムラ、アヤメ、ウスユキソウなどの草花が一面に広がる。 5月にはツツジ、9月には真っ赤な絨毯を敷いたように狼毒の葉が燃えるように赤く染まるそうだ。
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   (つづく)

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魅力満載・・・中国・雲南省@

2018/10/18 15:53
画像嫌な思いをしながらも、またもや中国の山に行きたくなった。
2006年6月中旬のこと、今回は大変な山旅となりそうで一人で旅立つことにする。
目指すは中国雲南省の最北部にある≪梅里雪山≫。 とは言っても梅里雪山の最高峰(カワクボ:標高6740m)を登るわけではなく、ただ、その近くまで行って見上げてみたいだけのことである。 それでも標高3000mぐらいのところまで行かなければならない。 しかもかなりの遠方で高地、特に標高4290mの峠越えがあり、三江併流と言われる大河のあるアップダウンの激しい山道をくぐり抜けていくいかなければならない。 そのため、中国古来の村々や民族色豊かな人達と触れ合いながら、順次高度を上げ高山病対策を兼ねながらの旅となった。

成田から広州まで5時間、広州から昆明乗り継ぎで古都麗江まで3時間40分のフライトであった。

≪麗 江≫
麗江はかつて少数民族のナシ族の王都であり、現在もナシ族の人が多く住んでいる。
1996年の大地震で大きな被害だ出たが、麗江古城の旧市街の世界遺産への登録などを契機に復興が進められた。
旧市街の古い町並みは実に綺麗に整って見え、古都の雰囲気が漂っている。
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また、麗江は大理から麗江、シャングリラへ通じる「もう一つのシルクロード」といわれる要所で、雲南省産のお茶と、チベット産の馬の交易路、“茶馬古道”の交易路の要衝として栄えたところ。
また、世界遺産の麗江はトンパ文字を生んだナシ族の街。 石畳の狭い路地、水路や柳とともに古き時代の面影
が偲ばれる。
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       トンパ文字              店の名前にもトンパ文字あり
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麗江から北15kmほどのところに万年雪の玉龍雪山(標高5596m)がある。 ロープウエイに乗れば一気に4500mのところまで登れる。 我々は草原が広がる展望台のある所でしばし絶景に見とれる。 展望台では民族衣装を着飾ったナシ族の娘たちが記念写真を撮らしてくれる。(有料で)。 草原にはきれいな花々が一面に咲き乱れ、ヤクが美味しそうに食べていた。 
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≪白水河≫
雲南省麗江の玉龍雪山東の麓にある河、玉龍雪山にある氷河の雪解け水が源流となって流れている河で、夏でも冷たく、河床が石灰岩や大理石からなっていて、水が透明なため、白水河と呼ばれています。
遠くに見える玉龍雪山の白い雪と、透き通るような湖面が美しいです。
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 (つづく)
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・桂林A

2018/10/04 10:41
≪芦笛岩鍾乳洞≫
市街中心部から北西に6q、光明山の地下に広がる巨大な鍾乳洞。その見事な造形は「大自然の宮殿」と称えられ、さまざまな形をした鍾乳石がライトアップされる姿は幻想的だ。 逆にライトアップを強調しすぎて自然な感じがしない。画像画像
桂林には沢山の鍾乳洞があり、最も有名な芦笛岩鍾乳洞に入る。 洞内に無数にある鍾乳石、石筍、石柱は、象牙細工やツゲの木彫にも似ており、仏像のようでもあり、怪物のようにも見える。
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≪桂林の夜景≫
桂林市には、漓江、桃花江の2江と榕湖、杉湖、桂湖、木竜湖の4湖があり、これを両江四湖と言われています。 両江四湖は湖沿いにある建物が色とりどりの照明でライトアップされており、若い人にはロマンチックとも思えるでしょうが、我々年寄りにはあまりにも派手派手でこれが中国人の感性なのかな・・・と思うほどきらびやかであった。
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≪こりゃなんだ・・・テーブルに出て来た豚の丸焼き≫
画像あるレストランの夕食、豚の丸焼きがドカーンと置かれた。 みんな驚きながら、みんなで突っついて食べるのかな〜と思いきや、すぐにホステスがやって来てその豚を持ち去っていった。 後でほんのわずかな焼き豚の切り身を入れた料理が出て来たではないか・・・。これがさっき見せに来た豚なのだそうだ。 ほんとかな?・・・。 中国らしい演出に開いた口がふさがらない。 

[桂林漓江下りと美しき武陵源 6日間]の夫婦旅は終わった。
幾千もの奇峰がそそり立つ武陵源は何万年かの時の流れと雄大な自然の力を感じる不思議な世界であったし、また桂林は同じく悠久の年月をかけて誕生した山水画の世界、高さ50〜70mとさほど高くない奇岩奇峰の合間をゆったりと流れる漓江の船旅も楽しめた。
中国はこのような自然に恵まれ、世界自然遺産があちこちにあり羨ましい。それを有効に利用し観光化が進んでいて見かけはきれいが、一歩中に入ればトイレは汚いししかも有料・・・、ホテルも快適ではない。列車も薄暗くて気持ちが悪かった。 お土産店では偽物がまかり通り騙されることが多く、日本人と見ればしつこく付きまとってくる。街歩きはあまり感じの良いものではない。 おまけに反日運動の看板や幟があちこちに目立つ。 最後の日には飛行機が予定通り飛ばない、広州に着いたのが深夜の1時、ホテルで寝る間もなく早朝4時の出発となり、ほとほと後味の悪い旅の思いでとなった。 (おわり)
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・桂林@

2018/09/29 16:37
さえない夜行寝台列車で10時間、朝早く柳州駅に着く。
悠然と流れる漓江沿いに開けた街、桂林。 古来より「桂林の山水は天下第一」と称され、山水画を思わせるその風景は多くの文人や書家に愛された。
早朝より漓江下り、地殻変動で隆起した石灰岩によってできた不思議な形の奇峰は、まさに中国山水画の世界である。 
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昨日までは荒々しい山岳地帯の山道を歩いてきたが、今日はゆったり流れる大河を船に乗って、山水画の世界を堪能することが出来た。 約3時間半の船旅でようやく陽朔の港に着く。 陽朔は観光客で賑わっており、ガイドの話しでは少し悪質な商売人がいるのでさっさとバスに乗り込み、もと来た桂林向けて陽朔を後にした。
≪つづく≫
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・武陵源

2018/09/28 16:25
1992年に登録された世界遺産、武陵源は、中国、湖南省北西部の張家界市にある標高320〜1262mの山岳地帯。
約3億8000万年前に海底が隆起し、さらに長い間の風化と浸食により、石英質の奇岩の柱が林立する独特の渓谷をつくり出した。 すでにご紹介した黄山によく似た風景であるが、奇岩が林立する奇景が広がる。
 2005年4月末、[桂林漓江下りと美しき武陵源 6日間]の夫婦旅の始まり。
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2日間かけて眼下の奇岩奇峰を眺めながら、その合間を縫うようにできた道を歩き続け、時には橋を渡り、ロープエイで上ったり下りたりで、後で写真を見てもどれが何処のものだったか思い出せない。 まあ、日本ではお目に掛かれない不思議な世界を歩き回った感じだけが思い出として残る。
3日目の夕刻、張家界駅に着く。 ここから夜行列車に乗って次の観光地桂林に向けて発つ。 1部屋4人、2段ベットの窮屈な部屋に閉じ込められた。 お腹が空いたのに食堂車が混んでなかなかお呼びが来ない。 やっとの思いでありつけたのがうどん一杯だけのお粗末な夕食だった。 中国の田舎旅行には非常食をもって行かないとひどい目に合ってしまう。 
張家界から桂林最寄りの柳州駅まで10時間弱の夜行寝台列車の初体験であった。
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≪次回につづく 桂林の漓江下り お楽しみに≫
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忘れ得ぬ思い出・・・中国・上海

2018/09/19 15:32
山歩きを堪能して上海に帰ってきました。
上海と言えば香港・北京にならぶ中国最大の都市、経済では中国最大の都市である。
ただ、古い歴史のある国なのであちこちに古い文化遺産を見学することが出来るが、文化遺産には弱い小生にはあまり紹介する物がなく思いつくままに写真を紹介しておきます。

上海博物館 (陶磁器、書、絵画など12万点のお宝が展示・保存されている) 
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≪竜と石の文化≫
竜は日本でもおなじみだが、中国の竜は伝統的に強力で縁起の良い力の象徴とされており、いろんな建造物に重視され使われているとのこと。
また、庭園には石の造形物を配置した石庭が中心で、日本庭園とはずいぶん異なる美的感覚に驚いた。 黄山や武陵源でみた山水画の世界を表現しているのでしょうか。
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≪上海の夜景・欧米の旧租界地・≫
清の時代に起こった阿片戦争の後、1840年代以降、上海はフランス、イギリス、アメリカ等の租界地(外国人居留地)となり、近代的な大都会となった。 この地域を外灘(バンド)地区といい、幅1.1kmのビル街の夜景は見事で観光客(田舎からのお上りさん)で込み合っていた。 その前には黄浦江が流れ、向こう岸にはビジネス街の近代的なビルが立ち並んでいるのが見える。
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            <上海テレビタワーが高く聳える>  

≪上海リニアモータカーに乗る≫
話しの種に2004年開業したばかりの「上海トランスラピッド」というリニアーモータカーに乗車。 上海市内から上海浦東国際空港まで8分、最高速度431km/hを体感する。 磁気浮揚式にも拘らず揺れが少し大きく感じた。 日本ではまだ実用化していないのに中国では今でも事故なく15〜25分間隔で営業している。
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     リニアモーターカー            ガイドさんも一緒に空港まで
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                    最高速度431km/hの瞬間
以上思い出すままに写真を中心に黄山・上海を紹介しました。 まだまだ古民家や古美術など中国独特の文化遺産を沢山見てきましたが、写真はあってもどこのものなのかが定かではありません。また別の機会にご紹介しましょう。(黄山・上海 おわり)
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・黄山C

2018/09/12 16:07
どっぷり楽しんだ黄山も今日でお別れだが、まだ2人とも元気なので下山ルートを変更し、比較的登りやすい蓮花峰(標高1,871m)登頂を目指すことにした。 このコースは極めて急勾配の階段のある下山道なので要注意の下山である。 何時間かかるか分からないがロープウエイの玉屏駅までたどり着けば後は麓の屯渓で泊まるだけだ。
     さらば黄山・・・
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ツツジもちょうど見頃で荒々しい峰々を背景に花を添えていました。
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いよいよ下山開始。 下を覗けばおっかない、足を滑らせばあの世行き・・・
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昨日休憩した光明頂まで緩やかな登り坂を2.5km、そこから急な階段が続く難所を下ること2.5km、計5km3時間歩き、ようやく蓮花峰脚(麓)に到着。 これからが蓮花峰頂上まで急な坂道を登ること1時間、何とか山頂に到着となる。
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蓮花峰頂上からは下る一方1時間、迎客松を経てロープウエイ玉屏駅に着く。 途中<強力(ゴウリキ)>という駕篭屋に載せてもらって登って来る人が何人かいた。お金さえ出せばどこまでも連れて行ってくれるそうだ。画像画像
早朝7:30出発して5〜6時間、歩きなれない石畳の道だったが何とか下山が出来た。 迎えの車が来てくれることになっていたが、なんと待機している車がいっぱいで身動きが取れず、とぼとぼ歩くこと1時間、中国ではこれが当たり前だそうだ。(譲り合わない、マナーが悪い
雨が一滴も降らず、雲海は見られなかったが、その代わり絶景を堪能することが出来て良かったのかな・・・。 

「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」      ≪次回は屯渓周辺、上海散策につづく。 お楽しみに≫
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・黄山B

2018/09/11 14:11
         黄山の見所・・・【 奇 松 】・・・
険しい荒々しい岩肌にへばりつくように生えている松・松・松。 
私たちの身近な肥沃で平らな土地であっても滅多に芽を出してくれない松なのに、こんな何もないわずかな窪みにある土に芽が出て根を張って大きくなる。 どんな強い嵐がきても、豪雪に覆われても耐えて耐えてこのような美しい姿になったのであろう。 とても信じられない自然の摂理に驚くばかり。
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     ・・・出会い・・・旅の楽しみのひとつ
蓮花峰を目の前に一休み。 こんな時のためにいつも携帯の絵筆を持ち歩いていて20分ほどで水彩画を描くのが楽しみの一つ。 夢中になって描いていたらいつの間にか女学生に囲まれていた。 「先生先生、上手上手」とみんなが絵を褒めてくれたのか冷やかしなのかわからないが・・・。 英語でどこの学生?と聞いてみたら山東大学(?)の女学生だと言って初めて黄山にきたという。 そこで記念写真を一枚。
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        女学生と共に                蓮花峰に天都峰  
また、西海ホテルの近くを歩いていたら、懐かしい日本の歌、千 昌夫の「北国の春」の音が聞こえて来た。 近づいてみると一人の少女が横笛を吹いていた。 後で聞いてみるとホテルの休み時間に出て来て静かな林の中で笛を吹くのが楽しみだそうだ。 日本の歌が好きで好きでしようがないそうだ。 反日運動の最中、嬉しい限り、謝謝
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      横笛吹く少女           西海ホテル遠景画像
    朝日?夕陽?・・・忘れました。 雲海でなくて残念

≪次回は急勾配の下山道につづく≫
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・黄山A

2018/09/10 13:50
初日は雲谷寺からロープウエイで北海地区の清涼台、獅子観海、始信峰などの山と松の絶景を見ながら、まさに山水画の世界を散策する。 
二日目は日の出を見て、西海賓館近くの太平ロープウエイで一度下山し神秘的な渓谷を散策した後、西海地区の俳雲亭、飛来石、光明頂へ。 ここから蓮花峰を目の前にしてスケッチ。
岩にへばりつくように造られた人工の道はちょっと怖かった。 
黄山山頂といってもずいぶん広い。 世界遺産にもなっており散策コースはきれいに整備されており、石段や舗装され歩きやすくなっている。 時々ごみ拾いの人が篭を背負って巡廻している姿は如何にも中国らしい。
今日は今にも落ちそうな石やお猿に似た石など【 奇岩・奇石 】をご紹介紹介ます
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                獅子(お猿)石
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                   飛来石
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               神秘的な松谷渓谷
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    危ない危ない、恐る恐る険しい人工の道をアップダウン

≪次回 【 奇 松 】、他につづく≫
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忘れ得ぬ絶景・・・中国・黄山@

2018/09/09 17:24
気ままなぶらり旅をしようとハイキングクラブの先輩に誘われて、天下の絶景‘黄 山’に登る。 
お酒を飲まないということで意気投合するなんて変な話しですが、男二人旅だとその方がお互い気が楽なのです。
・・・と言う訳で、2004年5月中旬、中国は上海乗り継ぎでフライト1時間で安徽省屯渓に着く。 そこで1泊し翌日から3日間、専属のガイドの案内で黄山を散策することとする。(山岳ガイドではなかったので逆に足でまどいとなる)
黄山は中国では古来から「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」と言われ、数多くの文人が訪れ、水墨画や漢詩などの作品が生れた景勝地である。 
奇峰・奇岩・奇石・奇松、運が良ければ雲海が現れ墨絵の世界を味わうことが出来る。 残念ながら今回は1日も雨が降らず雲海は見られなかったが、それを想像しながら絶景をご紹介しましょう。
今日は鋭く尖った荒々しい奇岩が連なる【 奇 峰 】をいくつかご紹介します。
(名前、場所は忘れました)
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<蓮花峰>      (写真の上をクリックしてください。 綺麗に見えますよ)   
≪次回 【 奇岩・奇石 】 につづく≫
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パリの思い出

2018/08/31 09:34
スイスアルプスを満喫した後は定番のレマン湖にあるシオン城を見学し、ジュネーブで1泊、その後フランス新幹線TGVでパリに直行する。
その前に、忘れていたスイスのルツエンにあるカペル橋を忘れないよう記録しておきます、
カペル橋はヨーロッパでもっとも古い橋(1333年建造)と言われており、橋の内側には17世紀に描かれたルツェルンの歴史についての一連の絵があります。 1993年の火災により、橋の大部分と、ほとんどの絵は焼失してしまったが、すぐに再建されました。 (橋の欄干の花がきれいに映っておらず残念です)
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ジュネーブではレマン湖の噴水や花時計など散策した記憶しかありません。
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いよいよフランス新幹線TGVに乗って3時間半、パリに到着です。 3日間たっぷり自由時間があり地下鉄をフルに利用してあちこちに出かけました。 たまたま昨年仕事でヨーロッパ視察と商談のあとパリに立ち寄ってシャンゼリーゼ通りを歩いたぐらいなので何の不安もなく親しくなった人たちも一緒に道案内をしました。 パリの地下鉄は縦横に張り巡らされているので路線図をしっかり見て、行先を間違いないようにしていれば大丈夫です。 ただスリなどには気を付けなければなりません。 また、電車内で流しをやっている若者がいます。 日本人には迷惑なんですが、海外では音楽を聞かせてもらってありがとうとチップを渡すのが常識だそうです。 我々日本人を睨みつけて文句を言っていました。      印象に残った風景やスナップ写真を紹介してみましょう。
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エッフェル塔のライトアップ     感激のあまり      サクレクール寺院
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   凱旋門よりエッフェル塔、シャンゼリーゼ通り(?)を見渡す(’95年秋)
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             ルーブル博物館
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          ノートルダム寺院
もっと紹介したいところが沢山ありますが、適切な写真がありません。 パリで最も高い所にあるモンマルトルの丘にはサクレクール寺院がありパリ市街が一望できます。 その裏側にあるテアトル広場では、多くの無名の画家たちが作品を並べ、観光客相手に似顔絵を書いたりしてくれ、記念に一枚描いてもらいました。 そこから少し下っていくと大きな風車のある建物が見えてきます。 ムーランジュールというキャバレーですが美女たちがカンカン踊りを披露してくれることで有名です。(前年男たちばかり打ち上げ兼ねてみてきました)
シャンゼリーゼ通りを歩けば至る所にオープンカフェがあり、コーヒーを飲みながら一休みするのも楽しみ。 
ルーブル博物館もオルセー美術館もゆっくり見る価値はありますが3日間はかかるでしょう。 人気のある所は混雑しておりモナリザやミロのビーナスを見れただけで満足です。 
ドイツのハイデルベルグやローテンブルグ、ミュウヘンは省略しましたが田園風景の広がるロマンチック街道も素晴らしいドライブでした。  とにかく思う存分よく食べ、よく寝て、よく歩いた10日間、無事帰国出来て感謝です。
(今回のスイス、パリの写真は古い一眼レフで撮った写真をスキャナーで取り込んで処理したもので全体的に綺麗に表現できていません悪しからず)
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忘れ得ぬ絶景・・・スイス

2018/08/23 15:06
夏はやはり山ですね。 山でも雪のある夏山が素晴らしいですね。 そこには短い夏を謳歌する花々が見られて楽しみが倍増します。  
永年勤続30年および結婚25周年を記念して、妻への感謝を込めてヨーロッパへ旅する。 妻は初めての海外旅行、ドイツ、スイス、パリ10日間(1996年6月末〜)の強行軍に耐えられるかどうか心配しながらの旅となった。
羽田空港から関西空港・ロンドンヒースロー空港乗り継ぎ、ドイツのフランクフルトへ、そこからバスでハイデルベルグへ何と移動時間24時間の強行スケジュールであったがよく耐えられました。
もう観光地としてありふれた山々ですが少しだけ紹介しておきます。 是非見たかったマッターホルン、残念ながら曇りのため裾野の一部しか見られませんでした。
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ノイシュバンシュタイン城
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アルプスの田園風景
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ユングフラウヨッホの山々
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ユングフラウヨッホアレッチ氷河
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ゴルグナード氷河
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ユングフラウヨッホ景観 & ハイキング 画像
アルプスの山々
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クライネシャイデック駅前花畑   
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ツェルマット駅登山電車      
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残暑お見舞い申し上げます。

2018/08/22 10:14
≪暑いのでちょっと一休みしましょう≫
ここんところ自分の思い出話ばかりに夢中になってしまって申し訳ありません。 このような旅や花のことを書けばアクセスしてくれる人や応答してくれる人が増えて、ついその気になってしまいます。
この終活日記の始まりは人生の終焉において何か書き残しておくことはないか、大切なものを忘れてはいないのか・・・。 そんなことを思いながらも今の息苦しさから逃れられる過去のことに想いを馳せてしまうのです。
決して贅沢三昧して来た自慢話ではありません。 現役時代は企業戦士と言われるほど家庭を顧みずのところがあったので、退職後はその反動で、家庭サービス兼ねて思う存分自由気ままに過ごした時の話になってしまいます。
もうしばらく気が済むまで書いて行こうと思います。 もっと皆さんのためになるような話が早く書けるように頑張ります。 これからもよろしくお願いします。
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忘れ得ぬ思い出・・・バリ島

2018/08/20 10:32
題名は忘れたが何かの映画で見かけたバリダンスに出会い是非行って本物のダンスを見たいということでバリ島に出かけました。(2008年の4月)
バリ島はインドネシア領(先日大地震のあったロンボク島の目の前の島)で極めて小さな島の一つ。 島全体がバリ独特の伝統文化をもとにした観光開発がすすめられ、最近では豊かな自然を背景にしたリゾート開発が行われ、世界各地からの観光客で賑わっている。 
我々も前半はバリの伝統文化の漂う「ウブド」の郊外にある「マヤウブドホテル」に宿泊し、アグン宮殿やヒンズー教寺院などの歴史的建造物を訪ねウブドの街を散策する。 
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            ≪マヤウブドホテルにて歓迎される≫ 
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   ≪アグン宮殿≫   ≪ヒンズー教寺院門≫    ≪民家先祖のお墓≫  
≪レゴンダンス≫
夜、バリダンスのチケットを購入しアグン宮殿の横の集会所でレゴンダンスを見る。
バリダンスは物語ごとにレゴン、バロン、ケチャなど色々なダンスがある。男性達がバリ楽器で演奏する中、バリの衣装をまとった女性が一種独特な目の動き、腰の動き、指先まで器用に動かしながらリズミカルに踊る。ヒンドゥー教の儀式と宮廷文化が融合して作られたとのこと。 踊りにはストーリーがあるのだが日本語の解説もなく適当に写真だけ記念に撮る。
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≪ケチャダンス≫
4日間をウブドで過ごし、夕刻バリ島南端のビーチにあるヌサドアに移動する。 コンドミニアムタイプの「ノボテルヌサドアリゾートホテル」で6日間のんびり過すこととした。
ガイドの紹介で夜、バリ島最西端の断崖絶壁にあるウルワツ寺院でケチャダンスがあると誘われ出かけることにした。 断崖絶壁の夕焼けに染まる絶景の中で、数十人の半裸の男性が、座って円陣を組み、「ケチャ、ケチャ、ケチャ」という音楽に合わせて踊る。 ある国の王子が妻と共に国を追われ、のち妻をとり戻すというストーリらしいが、燃え盛る火を囲んで演じる勇ましい男たちに圧倒される。
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≪田園風景≫
自然豊かなバリ島、北に行けばキンタマーニ高原からバトール山(1,717m)やバトール湖を眼下に雄大な景色を楽しむことができる。 また行く道すがら有名なテガララン棚田や眼下に広がる田園風景を楽しむことが出来る。
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忘れ得ぬ思い出・・・シンガポール

2018/08/14 15:41
今やシンガポールの象徴と言えばマリーナベイサンズホテルであるが、我々が行った頃はマーライオンぐらいであったので改めて紹介するものはなく、植物園の花でも紹介しておきましょう。 特にNATIONAL ORCHID GARDENのラン園では珍しい花々が見られたので幾つか紹介しておきましょう。
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市街で特に珍しかったのはヒンズー教の寺院です。 屋根の上にいろんな神々なのか人物像なのか判りませんがピラミッドのように並んでいるヒンズー教寺院が印象に残りました。 また、住宅街では高層マンションが沢山建ち並んでいましたが、窓から洗濯物が飛び出して乾している風景は滑稽に思われました。画像画像
東京23区ぐらいの小さな国が今や世界屈指のグローバル都市となり、総合的な世界都市ランキングにおいて、ロンドン、ニューヨーク、パリに次ぐ世界4位と評価されている。 国際競争力が非常に強い国でもあり、スイスに次ぐ世界2位の国と評価されているほど。 
国境を接するマレーシアとの格差が大きすぎる。 国境近辺でのマレーシア人は働くところは賃金の良いシンガポールで、住むところは物価の安いマレーシアだという。 それ故通勤時の車の渋滞は半端じゃないそうだ。(おわり)
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忘れ得ぬ思い出・・・ビンタン島

2018/08/12 15:25
南国の海に取り付かれて、今年はどこへ行こうかと探していたら、まだあまり知られていないビンタン島の案内を見つけた。 熱帯植物園のあるシンガポールからすぐ近くなので南国でのリゾート気分を海で楽しむことにした。
日本はまだ寒い2006年の2月、シンガポールのチャンギ空港に深夜着。(6時間)
あくる朝、シンガポール観光の人たち数人と一緒に有名なマーライオンや熱帯植物園などを見学した後、我々夫婦のみ別れて、フェリーでビンタン島に渡る。 ビンタン島まで1時間半、波が荒く船が大きく揺れ、家内は酔ってダウンしていまった。 船員が心配して気を遣ってくれ親切にしてくれた。 
ビンタン島はインドネシア領なのに出入国の面倒な手続きは一切なく出入りできる。 恐らくシンガポールのリゾートや別荘地として開発を進めている途上のように思われた。
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海は綺麗で広いビーチ、静かでのんびり過ごせそうだ。 ただマリーンスポーツもイベントも何もなさそーだ。 少し来るのが早かったようだ。 ならば泳いだり美味しいものを食べたりホテルのショーでもみてのんびりしようと決める。画像画像
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せっかくなので面白いことはないか探してみたら、エレファントパークがあるとのことで、行ってみることにした。 調教された像さんに乗って泥沼の中を散歩したり記念写真を撮ってもらったり子供がいれば喜びそうだ。 大嫌いなヘビ、大丈夫大丈夫と無理やりやらされる。
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  (つづく)
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忘れ得ぬ思い出・・・ボルネオ島A

2018/08/05 16:29
≪マレーシア領コタキナバルA≫
今年も灼熱の太陽を求めて南国の島へ。 2005年1月中旬、マレーシア航空コタキナバル直行便(6時間)のある曜日を選んで出発する。 帰りは直行便の無い曜日になりクアランプール経由の便となる。
今回はホテルでのびり過ごし、自由気ままに過ごしたいと思い、静かなリゾートホテルに1週間滞在することにした。
コタキナバルには3つぐらいのリゾートホテルがあるが、郊外の安全で静かな「シャングリラ・ラサ・リア・リゾート」にした。 ここは町まではシャトルバスがあり、ツアーデスクに申し込めばいつでもガイド付きで迎えに来てくれるし便利。
ホテルにはプライベートビーチもプールもあり久しぶりの自由気ままな時間を過ごすことが出来た。
≪青い海≫
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何と言ってもミルキーブルーのきれいな海、近くのサピ島マヌカン島にバンブー船に乗って出かける。 

画像画像≪パラセーリング≫
誘われてパラセーリングに初めて挑戦。 ボートがスピードを上げればパラシュートが高く舞い上がり、スピードを落とせば海の中、スリル満点だ。 後で写真をよく見ると泳げない彼女は悲愴な顔していた。でも20〜30mも舞い上がれば絶景、爽快な気分が味わえる。
画像≪シュノーケリング≫
珊瑚礁の浅瀬でシュノーケリングで魚たちと戯れる。 きれいな魚がいっぱい寄ってくる。 綺麗な海だからこそこんな浅瀬でかわいい魚が見られるのだ。 時のたつのも忘れて夢中になる。
≪ホテルライフ≫
ホテルの前に広がる青い海に真っ白な砂浜、 プライベートビーチで海を眺めながら、のんびりとソファーで寝転んだり本を読んだりするもよし、夕方になれば夕焼けで真っ赤に染まる空に海、また今日の1日が過ぎ去ってゆくのが名残惜しくなる。 
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ホテルでは乗馬もできる。 基礎から丁寧に教えてくれて一人でビーチを闊歩出来るようになる。(約1時間、1500円程度で安い) 裏山ではオランウータンが飼育されていて見学もできる。 テングザルは少し遠い所で、日帰りツアーで行けるそうです。 町に出れば大きな市場がありいろんなトロピカルフルーツが手に入る。 クルージングでマングローブの森へ、カニを捕ったり地元のランチのもてなしもしてくれたり。  ほんとに夢みたいな楽園を満喫でる幸せを感じさせていただきました。
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忘れ得ぬ思い出・・・ボルネオ島@

2018/08/04 17:26
≪マレーシア領コタキナバル@≫
ボルネオ島と言っても島の大半はインドネシア領で、その北部の片隅にマレーシア領コタキナバルがある。
かの山岳マラソンで有名なキナバル山があり、日本兵が造ったというポーリン温泉があり、またジャングルあり、ミルキーブルーの海ありで遊ぶところ満載の楽園である。 野生動物ではテングザルやオランウータンに人気あり。 
花も熱帯ならではの花が見られる。 たまたまめったに見られない世界一大きなラフレシアの花にも遭遇できたことは忘れ得ぬ思い出となった。

≪キナバル山≫
キナバル山はコタキナバルの郊外にあり、東南アジア最高峰の4095m、海外登山の登竜門と言われている。 裾野はジャングルから草も生えない岩稜帯まで変化に富む自然が広がる。 
我々は熱帯植物園とジャングルのキャノピーウオーキングに出かける途中で雄大なキナバル山を眺めることが出来た。 道沿いにはトロピカルフルーツやお土産の店が並ぶ。 ここで一房1リンギット(約30円)で食べたモンキーバナナが実に美味しかったのを覚えている。
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≪熱帯植物園≫
植物園ではウツボカズラなど食虫植物が見られ、特にボルネオはランの宝庫と言われ珍しいランに出会える。なぜかシャクナゲもいろんな種類がみられた。
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≪ラフレシア&サムライの花≫
植物園から出てくると地元の人の誘いがあり、聞いてみると何とラフレシアの花が見られるとのこと。チップ30リンギット渡し案内してもらう。
1〜2km雑木林を歩いて行くとデッカイ花が現れた。 直径1m弱、巨大な花で独特な臭い、血のような真っ赤な花びらに白い斑点がついた奇妙な色合いで気味が悪い。
ただ、花を咲かすのには2年かかり、花が咲いたら約3日で枯れてしまう、しかも胞子の一種で木に寄生して成長するのでいつどこに咲くのか計り知れず目にすることは極めて難しいそうだ。 その生態も変わっており通常の植物の葉・根・茎がラフレシアにはなく木の根元などにポツンと花だけが咲いているとのこと。 見られてラッキー!!  
その横に刀のような形の花、冗談と思うが彼らはサムライの花と言った。帰り道、野生の牛らしき親子に遭遇する。
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≪ジャングルのキャノピーウオーク≫
ジャングルの中、木と木の間30mぐらいの高い所に吊り橋が延々と続き、ゆらゆらはらはらしながらの空中散歩。 珍しい鳥にも遭遇する。
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<つづく>
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忘れ得ぬ思い出・・・セブ島

2018/08/02 09:48
毎日暑い日が続きますね。 暑さに負けず、更に暑いところへご案内しましょう。
我々は寒い冬には、いつも灼熱の太陽を求めて、トロピカルアイランドに出かけました。 
2004年2月初にマリーンスポーツ体験がいろいろ出きるセブ島のツアーに参加しました。

≪南国の夕景≫
いちばん心に残る風景は南国の海に厳かに沈む太陽、真っ赤にそまる海、なぜか神々しさを感じる。 
今にもスコールが来そうな黒雲、 赤く染まる海にバンブー船が漂う。 思わずスケッチする。
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≪南国の花々≫
色鮮やかなトロピカルの花々にあちこちでお目にかかれる。 知っている花はブーゲンビリアぐらいかな・・・。 
黄色の花はバナナの花だと思うが確かではない。
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≪マリーンスポーツ 体験≫
○ 体験ダイビング
初めてのダイビング、若いギャルに混ざって講習を受ける。 5、6人1Grになって深いプールに入る。
酸素吸入器の装着法や緊急時の対処法などかなり難しい。 
何回も練習した後、深みに移動し20分ぐらい浮き上がれず苦しい思いをした。
最後の仕上げは港の桟橋で実際にダイビングをやらせ上手くできたら合格となる。
ライセンスを取るには3、4日間の講習を受けなければならないので今回は諦めた。
○ シュノーケリング
水中メガネに呼吸用のパイプをくわえて浅瀬でパチャパチャしながら魚と戯れる。 一番やさしい遊び。
○ シーウオーカー
泳げない人でもダイビングを味わえるようにと開発されたのがシーウォーカー。 写真は撮れなかったが30Kgぐらいの重さがあるヘルメットをかぶりそのまま船から梯子を伝って海底まで降りる。 ヘルメットには空気が送られるホースがつながっており船上のポンプから空気が送られる。 餌をばら撒くときれいな熱帯魚がいっぱい 
群がってくる。 指導員はフィリピン人なので言葉が通じず十分な説明も無く、ヘルメットの重みで体が傾きそうになったりして少し怖かった。 家内は泳ぎも出来ないのに意外と平気にやり遂げたのに驚いた。(サンプル画像)
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≪アイランドクルージング≫
マクタン周辺の島へバンブー船に乗り出かける。 カヤ葺き屋根のバンガローがならぶ南国ならではの景色である。 人影があまり無く静か、無人島のようだ。 綺麗な海で泳いだり、浅瀬でシュノーケリングで魚と戯れる。
トロピカルフルーツやBBQを食べ、ゆったりとした時間を味わった。 ここでもスケッチを一枚。
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忘れ得ぬ思い出・・・イタリアC

2018/07/30 11:18
≪ベニス散策≫
楽しんだ山歩きも今日で終わり、
いよいよ最後の訪問地ベニスに向ってバスはひた走る。(3時間)
ベニスは島のようになっており、その橋を渡るのに、
バス1台、350ユーロ(約6万円)には驚いた。さすが観光の都である。 
建物が密集し運河が張り巡らされ迷路のような街歩きはあまり得意ではないが2日間のフリータイムを楽しもう。 
 早速おみやげ物色兼ねてショッピングに出かける。 
イタリア語が分からずウロウロしていたら、地元の日本人ガイドさんが声をかけてくれて、大きなスーパーを紹介してくれた。 
お蔭でワインやジャムを安く買うことが出来た。

 
≪カナル・グランデ大運河≫
最終日もフリータイム、まずはサン・マルコ寺院へ向かう。 
どうやら交通手段は船しかないらしい。
ベニスは運河の街、中でも上空から見ると、大きくS字に流れる大運河がある。 それが、ベネチアの象徴とも言えるカナル・グランデ大運河だそうだ。  
この大運河ではヴァポレットという水上バスが行き交う。 
ホテル近くのPIAZZALE ROMA港からサンマルコ港まで海回りで30分ぐらい。
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≪サン・マルコ寺院≫
サンマルコ広場、人人人・・・・、猛暑、暑い暑い、
汗を拭き拭きまずはサン・マルコ寺院へ。
聖書のマルコによる福音書を書いたマルコの遺体を祀るために建設された寺院。 世界遺産にも登録されています。 壮大な外観に圧倒されますね。
屋根の造形美、細かい彫刻も素晴らしい。
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≪リアルト橋≫
迷路を潜り抜け、リアルト橋の近くまで歩く。 
リアルト橋はカナル・グランデ運河にかかる最古の橋です。
ミケランジェロも応募したと言われ、さすがに芸術的で立派な橋ですね。
当初は木造だったが、火事で全焼したため石で造り替えられたそうです。
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≪ためいき橋≫
誰が名付けたか知らないが可愛い名前の橋(写真左)です。
"夕方にため息の橋の下でキスをした恋人は永遠に結ばれる"
とゴンドラの船頭が・・・思わず笑っちゃいました。
ロマンチックなスポットなので、女性をはじめ、恋人達に人気とやら。
ゴンドラで遊覧もよし、運河沿いを散策するもよし、
日本では味わえない異国情緒の情景を存分に楽しむことが出来た。
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オーストリア&イタリアの
【ザルツカンマーグート・チロル・ドロミテの旅10日間】の旅、
無事帰ってくることが出来ました。  
今回は「よく歩き、よく食べて、よく寝る」という、
今までのあくせく働くばかりの生活から抜け出し、
命の洗濯ができたことに感謝!!  (完)
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忘れ得ぬ絶景・・・イタリアB

2018/07/29 08:59
≪フラワーウオッチング≫
トレチーメ3山を後にして下山開始。 瓦礫の斜面の整備された歩きやすい山道をダベリングしながら歩く。
瓦礫の中や草原に咲いている名も知らない高山植物の花々を見つけては立ち止まる。 花が好きでいろんな高山植物を見てきたが一向に名前が覚えられない。
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≪ミズリーナ湖畔散策≫
ドロミテ一番の景勝地ミズリーナ湖畔に到着。
昼食を湖畔のレストランでパスタ料理。 食後はフリータイムで、みんなはミズリーナ湖一周のハイクに出かけた。
浅草のおばちゃんも歩く自信がついたようで張り切って出かけたようだ。 
我々は静かな湖畔のベンチでミズリー湖の絶景を前に夫婦水入らずのひと時をのんびりと過すことにした。
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≪ハロディア山散策≫
午後、コルティナの町外れ、ロープウエーにていきなり断崖絶壁のハロディア山,(2,123m)に登る。
鉄柵もロープもない断崖絶壁から恐る恐る眼下のコルティナの街を見下ろす。 
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ハイキングや絶景を満喫した1週間も今日で終わり、いよいよ明日は最後の訪問先ベニスとなる。
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忘れ得ぬ絶景・・・イタリアA

2018/07/27 08:53
昨日走って来たカレッツアー湖近くのボルツアーノがドロミテ街道の西の玄関口、ここコルチナ・ダンペッツオは東の玄関口になる。 走って来たドロミテ街道に左右に尖塔のように突き出た峰や岩壁の山々が見られた。 このドロミテ山群はカルスト台地が氷河によって削り取られてあのような様々な形の山々が出来たという。(2009年に9つの地域が世界自然遺産に登録)
≪トレチーメ3山ハイキング≫
コルティナのホテルからバスで1時間弱で登山口駐車場に着く。 そこから約3時間の自由気ままなハイキング。
なだらかな整備された登山道、帰りは山裾の山道をフラワーウオッチングしながら知り合ったばかりの人たちとダベリングしながらのハイキングを楽しむ。 
出発前に歩くのが苦手という浅草の飲み屋のおばちゃんと知り合った。 彼女は海外旅行が趣味でもう50ヵ国以上を旅したが、こんなハイキングは初めてで歩けるか心配していた。 大丈夫!!、ダメな時は面倒をみるからと発破をかけて連れ出した。 (旅は道連れで帰国してからも交流が続いています。)
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高く聳えるトレチーメ3山、最高峰は2999m、その荒々しい岸壁をよじ登るロッククライマーが3人(写真右、拡大)が見えるでしょうか、安全ロープも無いのによく登れるものだ。実際の表面は凸凹で堅い岸壁なんでしょうね。 それにしても命がけのクライミングには驚きです。
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3つの尖峰が特徴的なトレチーメの麓を1周するドロミテ一番の人気を誇るハイキングルートだが、それはカットしてその麓からUターンして整備された山道を帰る。 時折足を止めてトレチーメの絶壁や足元に咲くリンドウやエーデルワイスなどの花々を楽しむ。 (次回ご紹介、お楽しみに)
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忘れ得ぬ絶景・・・イタリア@

2018/07/23 15:15
オーストリア・インスブルックで2泊、今日はせっかくなのでインスブルック市内のマクシミリアン宮殿や教会、スワロフスキー本店などちらっと立ち寄るが、駆け足のわずか2時間ほどの散策で先を急ぐ。 
≪ドロミテ街道の峠越え≫
今回のチロル・ドロミテの旅も前半を終え、今日から後半のイタリアの旅となる。
インスブルグを後にしてすぐにイタリアのドロミテ街道を走りアルプスの山越えとなる。 途中静かな青い湖、カレッツアー湖に立ち寄り、ポルドイ峠・パルツアルゴ峠を越えるがそれほどアルプスを横断したとは思えない高度であるが、周りには高い岩山が立ち並ぶ。
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≪コルチナ・ダンペッツオの街≫
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ドロミテの玄関口、コルティナ・ダンペッツオの街に着く。 冬のリゾートで知られるが、後で聞いた話だがスキーヤーにとっては日本でも有名なスキーリゾートらしい。 街もホテルとレストランばかりが建ち並び、山に囲まれた静かな綺麗な街だ。 明日はいよいよトレチーメ三山のハイキングが楽しみだ。
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忘れ得ぬ絶景・・・オーストリアD

2018/07/20 13:43
インスブルックに2泊の予定。  今日はオーストリア・チロル州のザンクト・アントンへ。 
そこからロープウエーやゴンドラを乗り継いでヴァルガー山山頂へ(2811m)。
≪ヴァルガー山山頂から360°のパノラマ≫
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≪フラワーウオッチング≫

山頂で 360度の大パノラマをしばし楽しみ、ここからアルピニストの町ザンクト・クリストフまで高山植物の花々を見ながらの2時間のハイキングを楽しむ。 途中、オランダからバイクでツーリングを楽しむ若夫婦に出会いしばしふれ合いの時を持ち記念に写真1枚。
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≪オーストリア最西部の村レッヒ散策≫

山から下りて、冬場の高級リゾート<レッヒ>に移動し、花で飾られたきれいなホテルやレストランが建ち並ぶ川沿いの街を散策する。 
中でも有名なスワロフスキーのお店があり、綺麗なガラス・クリスタルの作品がショーケースに並ぶ。
スワロフスキー は、1895年にオーストリアのチロルに創立されたオーストリアのブランド。ちょっと高くて手が出ない。
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忘れ得ぬ絶景・・・オーストリアC

2018/07/16 12:18
≪チロルの村々・山々≫
 温泉地のバードイシュルに2泊して、今日はチロルの村々のある山岳道路ひた走り、オーストリア最高峰のグロ-スクロックナ山に向かう。
 雄大なアルプスの山並みが迫るジグザグの山岳道路、チロルの村にはジャンプ台が見える。 インスブルック冬季オリンピックのジャンプはこの辺で行われたのであろうか?
 どんどん高度を上げてゆくと大きな滝、雪山や雪渓がまじかに見えてくる。  今日は猛暑なのに先週は初雪が降るほど寒い日であったと言う。
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≪グロースクロックナー山≫
 前方にグロースクロックナー山(オーストリ最高峰3798m)が見えてくる。 駐車場から20分ほど登り、氷河まで降りるケーブルカーで氷河に降り立つ。 
 前方には富士山とほぼ同じ高さの真っ白なグロースクロックナー山が聳え立つ。
道路わきの草原に小さなエーデルワイスがあちこちに咲いていた。
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≪ハイリゲンブルート≫
グロースクロックナー山がよく見渡せる近くの古い村に教会がある。 山に憧れたアルピニスト達がこの村から出発したのであろう、墓地にはアルピニスト達がエーデルワイスなどの花に囲まれて静かに眠っていた。
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忘れ得ぬ絶景・・・オーストリアB

2018/07/12 11:52
≪ザルツカンマーグートA≫
今日はハイキング、二つの山を歩く。
SL列車のシャーフベルク登山鉄道にてシャーフベルク山頂(783m)目指して野山やトンネルをくぐりぬける。
シャーフベルク山頂散策するも少し寒いぐらいでウインドウブレーカを羽織る。
眼下にヴォルフガング湖など360°のパノラマ。
高山植物の花々があちこちに咲き乱れている。 サウンド・オブ・ミュージックの映画の舞台はこの辺だったろうか? 
かわいい子供たちがドレミの歌を一生懸命歌っていた姿が目に浮かぶ。

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また列車に乗って下山し、ヴォルフガング湖散策・遊覧後、 レストラン「白馬亭」でマス料理の昼食を頂く。
午後から再びゴンドラに乗って、ツバルホルン山(1522m)へ。 そこから尾根の山道を素晴らしい景色を見ながらのパノラマハイクを楽しむ。 
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忘れ得ぬ絶景・・・オーストリアA

2018/07/10 10:37
≪ザルツカンマーグート@≫
オーストリアと言えばウイーン。 ザルツカンマーグートといっても良く判らないでしょう。 
映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となったところと言えば思い出す人もいるかと思いますが、ちょっと紹介しておきましょう。
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ザルツブルク市の東、アルプスの峰々に抱かれるように、扇状に展開する一帯が、オーストリアの景勝地を代表するザルツカンマーグートです。
標高500〜800メートルの高地で、大小数多くの湖水が点在し、背後には2000メートル級の高山が連なります。映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台として世界に知られていますが、世界遺産のハルシュタットダッハシュタイン山塊があります。
ハルシュタット湖の湖畔に家々が並び立つ景観は、世界でも最も美しい湖畔の町の一つとして知られています
世界最古の岩塩坑あり、古くから岩塩によって繁栄してきたそうです。 お土産にお塩や石鹸を買うと麻袋に綺麗に包んでくれました。
下の写真は、ヴォルフガング湖ハルシュタット湖その湖に映える湖畔の教会です。
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 (つづく)




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忘れ得ぬ思い出・・・オーストリア@

2018/07/08 14:34
2007年7月、この年は夫婦共々体調に優れ、海外での山歩きに挑戦、盛り沢山のハイキングのあるオーストリアの【ザルツカンマーグート・チロル・ドロミテの旅10日間】の旅を楽しむことが出来ました。
今回は絶景というより、「よく歩き、よく食べて、よく寝る」という、今までのあくせく働くばかりの生活から抜け出すことにしました。
成田からウイーンまでフライト時間12時間、そこから100人乗りの双発プロペラ機に乗り換え1時間足らずでザルツブルグに到着します。
≪ザルツブルグ≫
ザルツブルグは中世の古い街、旧市街には、中世の趣を存分に残すいくつもの小路があります。最も代表的なゲトライデ通りは、15〜18世紀の商家が並ぶ歩行者専用地区で、各建物には鉄製の商標や看板が歴史を感じさせ、通りは魅力的に飾られています。 また、カフェ、ギャラリー、ブティック、広場には青空市場もあり、賑わっています。
ザルツブルクはモーツアルトの生れた街、モーツアルトの生家内には生涯の遺品や遺作など展示されていますが、撮影禁止のため残念ながら写真は建物の外観のみです。 また、モーツアルトの街らしく1年を通じて、クラッシックのみならず、様々な分野の音楽コンサートが開かれており、それを楽しみに沢山の人が訪れるそうです。 

アルプスの山並みを背景に、小高い丘の上に立つホーエンザルツブルク城は、ザルツブルクのシンボルとも言えます。 一番高い所は、標高508mの位置にあり、町からはケーブルカーで登ることが出来、お城からはザルツブルグ市街を一望できます。
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映画「サウンド・オブ・ミュージック」にも登場したミラベル城の庭からは、ザルツァッハ川を挟んでホーエンザルツブルク城と大聖堂の美しい姿が見られます。
また、庭園内には花や彫刻のアートがふんだんにあり、それらを見ながら散策を楽しめます。

ザルツブルグ旧市街 (トリップアドバイザー提供)
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懐かしい風景がこの「サウンド・オブ・ミュージック」の歌に出てきて感動です。

      歌はこちらです。⇒「ドレミの歌」
 
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忘れ得ぬ思い出・・・ナイアガラ

2018/07/02 09:17
順序が逆になってしまいましたが、カナディアンロッキーに行く前に、日本からはトロントに直行し、ナイアガラに行ってきました。 ナイアガラは観光の定番になっていますが、ゆっくり2泊して、国境を越えてアメリカ側にも渡って見たいと思います。
午前中は定番の「霧の乙女号」に乗船、滝のしぶきに濡れながら豪快なアドベンチャー体験、滝の裏側では豪快な滝の流れに圧倒される。 滝の上流に行き、花時計やクィーンビクトリア公園を散策する。
こちら側に見えるのがカナダ滝、対岸に見えるのがアメリカ滝だ。 いずれもスケールが大きく豪快だ。
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ナイアガラ川に架かるレインボーブリッジを歩いて渡りアメリカ側へ。 すると検問あり、入国審査を受ける。 入国税なのか知らないが一人1$必要、現金の持ち合わせなく困っていたら、クレジット払いでも良いとのこと。 無事通関出来た。
公園内を散歩しながら、滝の下の方まで行けそうなので降りてみる。 水しぶきを浴びながらすごい勢いで落ちて来る滝の直ぐそばまで来るとスリル満点だ。
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夜になるとカナダ滝がライトアップされる。 ちょうどレストランで食事をしながら楽しむことが出来た。 空には満月のお月様が出たかと思いきや、なんと空に浮かぶバルーンであった。 上空から滝を見下ろせるようになっているらしい。
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日本からトロントまでは15時間の長旅だ。 トロントからナイアガラフォールズまでバスで約2時間。 話しの種に一度は行って見るのも良いですね。 
カナディアンロッキー含めて10日間の旅でしたが、個人旅行に近いフリープランで旅行社にセッティングしてもらったので団体旅行とは違う自由気ままな旅を満喫してきました。     (カナダ編 おわり)

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忘れ得ぬ思い出・・・バンフ・カナダB

2018/07/01 05:09
今日は7月1日、カナダの独立記念日、カナダデーです。 たまたまこのバンフの田舎町でそのお祝いのひとコマを見せて頂くことになりました。 
バンクーバーやトロントなどの大都会では音楽やダンス、花火大会と町中はお祭り騒ぎで賑やかになるそうですが、ここでは整然としたパレードが延々と行われ、昔懐かしい騎馬隊や兵隊さんの行進が続きます。 200年以上も続いた植民地からの独立を成し遂げた喜びが感じ取られます。
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アメリカ大陸には早くからイギリスのピューリタン(清教徒)が新天地を求めてやってきました。 南側のアメリカでは1775年に独立戦争が始まり、戦闘が終わったのが1781年ですが、記念日は1776年7月4日です。 
その独立戦争でイギリスの王党派は逃げ場を求めて北部のカナダに逃げ込みました。 それ故、カナダはそのままイギリスの植民地となり、自治権を獲得したのは90年後の1867年7月1日でこの日を独立記念日としています。
実際にはカナダ憲法が出来て完全に独立したのは、何と1982年です。 そういう意味でまだ新しい国家だと言えますが、アメリカやイギリスの強い影響を受けながらもしっかりとした独自路線の政策は日本も見習うべきところです。 国民こぞって祝える建国記念日があることは実に羨ましい限りです。
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忘れ得ぬ絶景・・・バンフ・カナダA

2018/06/30 08:36
バンフでの3日間は自由行動。 これまで意欲的に歩き回っていたので家内は疲れたようだ。 今日はホテルでのんびり過ごすという。 小生はサイクリングでも出来ればと思いシャトルバスで街に出かける。
ガイドブックでレンタサイクルの店を探すためバンブの裏道を1軒1軒確認しながら1軒の店を見つけた。 1日22〜36$でクレジットカードが保証金代わりとなる。
≪ミネワンカ湖≫
バンフのメインストリートを北東に進み、鉄道のガード下をくぐり、1時間ほどでミネワンカ湖に着いた。 
観光客はほとんどなく地元の人が湖のメンテをやっているだけであった。 山々に囲まれた静かな湖だ。 広々とした湖面は青く、しばらく時のたつのも忘れて眺めていた。
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湖から流れる川に沿って下ると自然のままの公園があり一組の親子がキャンプをしていたので話しかけてみた。 週末にはいつも子供たちを連れてここに来るとのこと。 ここは特にキャンプ場ではないがいつでも自由にテントを張って大自然の中で子供たちを遊ばせることが出来るという。
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≪カスケード・マウンテン≫
帰り道、目の前に荒々しい山肌をしたカスケード・マウンテン(2998m)が現れた。 こちらからは全くの独立峰に見える。 その前には針葉樹林帯が広がり、ワタスゲの花が野原いっぱい一面に咲いている。 

無事街に帰って来た。 山道だったので疲れた。 昼過ぎ街のあとこちで大勢のお客さんが道路端に座り込んで何かを待っているように見えた。 今日の夕方、独立記念日のパレードがあるという。 さっそく、ホテルに電話して家内にも街におりてくるように連絡した。 (つづく)
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忘れ得ぬ思い出・・・バンフ・カナダ@

2018/06/29 17:22
4日間楽しんだ忘れ得ぬ絶景の余韻を残しながら、今日はカナディアンロッキー縦断の旅最後のバンフに入る。
ここではのんびり3泊し、バンフの街を散策したり、周辺に広がる大自然を満喫することにする。
バンフはバンフ国立公園の中心地であり、カナディアンロッキーの南の入り口で観光やリゾートで訪れる人が多く、町には沢山のホテルがある。 日本人の観光客の多くは、最も人気があるお城のような「バンフ・スプリングホテル」に泊まる。 我々はそこよりさらに5分程離れたサルファー山近くの静かな「リムロック・リゾート・ホテル」を選ぶ。 
近くに温泉があり、サルファー山へのロープウエイ乗り場まで歩いて行けるところ、さすがに日本人はほとんどいなくて気楽に過ごせる。
地図の南西にサルファー山、その前方にバンフの街が見える。その街を横切ってボー川が蛇行しながら流れている。北東には3000m級のカスケード・マウンテンが見え、さらに東に大きなミネワンカ湖が見える。
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≪サルファー山散策≫
まず、バンフの大自然が見渡せる目の前のサルファー山に昇る。 ホテルの直ぐ近くのロープウェイで一気に2000m地点まで登る。 そこから頂上まで続く散策路がありちょっとしたハイキングが楽しめる。 朝一番に出かけたので山には我々だけでこの360°の絶景を独り占めだ。 
眼下は少し霞んでいて遥か遠くにボーバレーにボー川が蛇行しながらゆったりと流れているのが見える。 思わずカメラを超望遠にして覗いてみる。 我ながら素晴らしい写真が一枚撮れていた。
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画像≪ボー滝からバンフ市街を散策.≫
ホテルの裏から山道を下り、お城のようなバンフ・スプリングホテルの裏を通りボー川に出る。
その目の前に落差のない幅広のボー滝があり、滝沿いの川べりを進むとバンフの街に出る。
お土産屋さんやレストランが立ち並ぶバンフの街をウインドウショッピングしながらお土産を物色す。
カナダ原産100%の天然素材で作られたソープやメープルシロップ、先住民族の雑貨などなど。
帰りは街の中心部からホテルのシャトルバスで送迎してくれるので時間は気にせずのんびり過ごすことが出来た。


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